日時:2021年6月21日(月)~23日(水)
場所:オンライン開催
Bharara氏は、オバマ元大統領により米ニューヨーク南部地区連邦地検の検事正に任命され、2009~2017年にかけてニューヨーク州におけるテロ、麻薬取引や武器の売買、サイバー犯罪、インサイダー取引、詐欺や汚職の摘発など様々な事件の捜査や訴訟にあたってきた。2017年にトランプ前大統領が就任した際に辞任を求められてこれを拒否し、翌日罷免されたことで大きな注目を集めた。現在は、法律や政治に関する知見をポッドキャストで発信しながら、インサイダー取引のルール簡素化に取り組むタスクフォースで働いている。連邦検事としての職務を振り返った著書「正義の行方:ニューヨーク連邦検事が見た罪と罰(早川書房、2020年、原題:Doing Justice: A Prosecutor’s Thoughts on Crime, Punishment, and the Rule of Law)」は、ニューヨークタイムズのベストセラーリストに掲載された。
「私の著書にも書いてあることですが、コンプライアンス部門やCEOは社内で不正を発見した時、一回きりのものでこのような“文化”は組織内に広がっていないと考えています。私が度々驚かされるのは、コンプライアンスプログラムや、悪い行いやインサイダー取引を検出できるようなソフトウエアの開発に関する議論に多くの時間を割いている企業があることです。それらは確かに重要な事柄です。しかし時には、チェックリストを確認していくような調査の代わりに、一旦立ち止まって状況を分析すること(gut check)も必要なのです」とBharara氏はいう。
Bharara氏は、ヘッジファンド大手だったSACキャピタルの事件について触れ、「ポートフォリオマネージャーとして雇おうとしている人物について、同社のゼネラルカウンシルは、この人物がルールに従わないという評判があり、インサイダー取引に加担する恐れがあるため雇用すべきではないと進言しましたが、同社のトップは却下しました。結局この人物はインサイダー取引を行い、逮捕されました」と振り返る。日経新聞2013年11月5日付記事によると、同社は2013年、複数のインサイダー取引訴訟をめぐり、総額18億ドルの罰金を支払うことで当局と和解している。
またBharara氏は、リスクを避けるために良い行いをした人に報いるべきだという。「アメリカでは、不正請求防止法(False Claim Act)で内部告発者に罰金が科される可能性があります。彼らは職を失う可能性もあり、不安定な状態に置かれます。組織は内部告発者に対して中立であるべきであり、罰してはなりません。それぞれの組織文化にもよりますが、彼らを認め、『素晴らしいことをしてくれた』と申し出たことを称えるべきです」としたうえで、「金融の世界では、お金を稼いだ人に報酬を与えることよりも、損失を避けた人に報酬を与えることのほうが心理的に難しいでしょう。同様に、CFEや内部告発者のような人々は、実在する脅威から組織を救うことがありますが、十分に報われているとは言えません」と述べた。
ホスト役を務めたACFE副会長のJohn Warren氏はこれに同意し、「我々ACFEが毎年内部告発者を表彰しているのも彼らに報いるためです。大半の不正、特に組織内部の不正は内部通報によって明らかになっているため、我々の業界では人々に申し出てもらえるように取り組んでいます」と応じた。
さらにBharara氏は、2004年にスペイン・マドリードで起きた列車爆破テロの際にFBIが誤認逮捕した男性に言及した。アメリカ・オレゴン州在住で弁護士のBrandon Mayfield氏が、スペインへの渡航歴がなかったにもかかわらず現場に残された指紋が一致したとしてFBIに逮捕されたものの、スペイン警察がアルジェリア人の男を逮捕したため釈放された事案だ。
当時のFBIの捜査についてBharara氏は、「機械分析で似ている指紋を検索し、1人目の鑑定人が『一致する』と結論付けました。2人目の鑑定人も3人目の鑑定人も、『一致する』と判断しました。Mayfield氏は白人ですが、イスラム教に改宗していたほか、イスラム教徒の女性と結婚していて、テロ容疑者のイスラム教徒を弁護したことがありました。私は当時の捜査関係者に確認しましたが、故意に指紋を一致させたわけではないし、捜査関係者には反イスラムの思想を持つ人はいませんでした。この事案で一体何が起きたのか? 現場に残された指紋とMayfield氏の指紋は極めてよく似ていました。捜査関係者は、指紋が同一のものであると判断する基準値を下げるという過ちを犯したのです。彼らは、『テロを起こした犯人はMayfied氏に違いない。なぜなら彼はイスラム教徒だから』と考えてしまったのです」。
Bharara氏は、Mayfield氏の誤認逮捕はFBIにとって極めて恥ずべきことだったと振り返り、「検察の仕事は人を刑務所に送り込むことだと言う人もいますが、そのような仕事ではありません。有罪を確定させる仕事ではありません。検察の仕事とは、正義の下でやるべきことを行うことです。定説に従って捜査を始めてはなりません」と警鐘を鳴らした。