2012 年に目立った企業不正として、公募増資インサイダー事件が挙げられる。インサイダー取引を行った者は当然のこと、インサイダー情報を提 供した者にも批判が集まった。日本の証券市場の健全性にも諸外国から疑問が呈されたため、情報提供者まで規制の対象となる金融商品取引法の改 正(インサイダー取引規制の改正)が検討される事態となった。
処分の対象となった各金融機関は、こぞって第三者委員会を設置して事実調査、原因究明、そして再発防止策が発表されたが、どれも力作ぞろいで
ある。CFEにとっても参考となる意見が豊富であり、ぜひそれらの委員会報告書をご一読いただきたい。
たとえばある信託銀行の設置した第三者委員会報告書には、不正が発生するまでの原因が丹念に究明されている。信託銀行のファンドマネージャーが、なぜ証券売買のプロであるにもかかわらず、インサイダー情報であることの認識もなく不正取引に勤しんでしまったのだろうか。
そこには証券会社の営業マンと(顧客である)ファンドマネージャーとの個人的な親密交際、過剰な接待、そして過度の贈答品の授受という「ゆがんだ信頼関係」が横たわる。取引先との信頼関係の構築はお互いのビジネスにとって歓迎されるものであり、特段問題はない。しかし、社内ルールに抵触するような「ゆがんだ信頼関係」は、インサイダー取引のみならず様々な不正を引き起こす「不祥事の芽」である。同委員会報告書では、インサイダー取引を行ってしまったファンドマネージャーが「証券会社の担当者との親密な個人的つきあいがあったために、これはインサイダー情報ではないか、といった警戒感が薄れてしまい、他の株式の売買に紛れてしまった後は、もはや何も感じるところがなかった」と証言している。驚くべきことに、これが証券売買のプロの言葉である。
欲望によるものではなく、ちょっとした取引先との信頼関係の「ゆがみ」によって、不正は誰にでも忍び寄るものであることが理解できよう。
企業不祥事が発覚した際、「企業風土」が問題となることが多い。不祥事を許容する企業風土というと抽象的な表現であるが、社内ルール違反を許容している組織など、その典型例である。社内ルール違反など、些細な不正かもしれない。しかし、些細な不正が放置される組織は、大きな不正を黙認する、放置する、といった組織ぐるみの不正を発見できない組織となる。だからこそ不祥事の芽は早いうちに摘み取る必要がある。誰かが摘み取ることも大切だが、「当社は不祥事の芽を摘み取る組織である」という認識を社内で共有することが最も大切なのである。
山口利昭法律事務所 弁護士
公認不正検査士
ACFE JAPAN 理事