昨年3月に企業会計審議会から「監査における不正リスク対応基準」(以下、「不正リスク対応基準」という。)が公表され、平成26年3月期の財務諸表監査において、監査人はその対応を行っているところである。この不正リスク対応基準への対応の中で、一部の監査人から不正リスク対応基準の設定以降、監査の現場においては、「監査の効率性という言葉は消えた」という話を伝え聞くところである。その趣旨を私が必ずしも理解しているわけではないが、想像するに、不正リスク対応基準への対応のため、監査の効率性の観点から実施すべき監査手続を取捨選択する判断の余地が失われた、とでも解すれば良いのであろうか。
監査の効率性に関しては、リスク・アプローチの考え方がある。リスク・アプローチは、限られた監査資源を用いて監査を効率的・効果的に行う手法である。監査の人員や時間が有限であるため、すべての項目に対して総括的に監査を行うのではなく、経済環境、会社の特性などを勘案して、財務諸表の重要な虚偽記載に繋がるリスクのある項目に対して重点的、効果的に監査を行うというもの1である。リスク・アプローチは、平成3年の監査基準の改訂時に採用され、その後、平成14年及び平成17年の監査基準の改訂に際して、さらに精緻化されている。
不正リスク対応基準は、このリスク・アプローチを監査人の職業的懐疑心という観点から強調した基準であるとも理解し得るものである。ゆえに、このリスク・アプローチは、不正リスク対応基準と極めて親和性が高い。なぜなら、リスク・アプローチを実効的に行うための肝は、監査人が被監査会社のリスクを適切に評価できるかどうかにかかっており、まさに不正リスク対応基準における「職業的懐疑心」の保持・発揮にその成否を委ねるものである。したがって、不正リスク対応基準設定後も財務諸表監査は、限られた監査資源を用いて「効率性」を前提に行われなければならないことには変わりはなく、そして、その肝は監査人の「職業的懐疑心」となる。
もちろん、監査の過程で不正の端緒又は兆候を把握した「有事」においては、当該不正の有無を見極めるためには、効率性は二の次になるのは当然のことながら、「平時」においても、効率性を二の次として、やみくもに監査手続を実施することにより、不正リスク対応基準に対応したとするのは、安易に過ぎるであろう。
やみくもに監査手続を実施するという事は、職業的懐疑心の保持・発揮の対極にあることを理解しなければ、また適正意見を表明したにもかかわらず不正会計事件が起きてしまうことになりかねない。すべての監査人に不正リスク対応基準の真の理解が求められるところである。
1日本公認会計士協会ウェブサイトより( http://www.hp.jicpa.or.jp/ippan/cpainfo/student/ke_word/2007/04/post_32.html )
ACFE JAPAN 理事
公認会計士 宇澤事務所代表
公認会計士、公認不正検査士