昨年 (2018 年) 10/6(金) に開催された第9回 ACFE JAPAN カンファレンスでは、convicted fraudster (有罪判決を受けた不正実行者) として大王製紙株式会社 元会長 井川 氏を迎え、いわゆる大王製紙事件、大きな権力を持つ者による不正について話を聞いた。
100億円を超える巨額の横領が行われた背景として、グループ会社も含めて会社は自分のものであるという意識と、負けず嫌いの性格によるギャンブルへの依存が挙げられた。
経営者には、従業員よりも一段高い倫理観が期待される。しかし、社会や関係者の期待を裏切り、私利私欲に走る例は多い。
井川 氏の事件は、そのひとつにすぎない。
さて今回は、さらに高い倫理観、いや、ある意味では最高水準の倫理観を要請・期待されていた人物と、その人物が行っていた犯罪・不正について取り上げる。
ジョン・エドガー・フーヴァー (J. Edger Hoover) をご存知だろうか?
アメリカ連邦捜査局 (FBI) の初代長官であり、米国において政府機関最高責任者の最長在任記録 (FBI 長官に 37 年在任したという記録) を持つ。犯罪捜査機関である FBI を巨大な組織へと育て上げ、また、指紋ファイルの整備や法医学研究所の設置など、科学的捜査手法を取り入れて捜査技術の近代化を実現した。
これだけを聞くとどんなに優れた方かと思うだろう。
しかし、フーヴァーは、社会や国民が期待する有り様とは真反対の裏の顔を持っていた。
FBI 長官としての立場にありながら、次の行為を行っていたことが明らかになっている。
また、黒人公民権活動を主導したキング牧師やマルコムX (Malcolm X) 氏、それ以外にも、ケネディ (John Fitzgerald Kennedy) 大統領やロバート・ケネディ (Robert Francis Kennedy) 上院議員などに対する、脅迫や殺害にも関与している疑いがある。
さて、これほどの悪事を働いておきながら、なぜ FBI 長官としての立場を追われなかったのだろうか。
まず、これらの犯罪・不正は、当時の FBI にとって大きな関心事ではなかった。
当時は白人至上主義の真っ只中にあり、また、FBI の資源の大部分は、捜査が比較的容易で、功績が目に見えて明らかな、凶悪犯罪や銀行強盗、誘拐などにばかり振り向けられていたからである。
フーヴァーが行っていたような犯罪・不正は、FBI 捜査官からしたら、成果が不確実であり、また、大した功績も得られない。そのため、捨て置かれていたのである。
このことは、当時の FBI 年次報告書からも読み取れる。
流石に会計不正 (横領・流用など) については、フーヴァー体制の最後の 2 年間にはフーヴァー自身も含めて捜査対象となっていたが、それ以外のフーヴァーが行ったような犯罪・不正については、まったく触れられていない。つまり、捜査の対象とはされていなかったのである。
だが、FBI という組織をそのように仕向けたのも、長官であり広報責任者でもあったフーヴァーである。
またフーヴァーは、政治家・実業家の犯罪や不正に関する情報を得た際に、社会の健全化のために告発するのではなく、自分の利益のために隠し持った。
つまり、相手を思い通りに動かすための取引材料のひとつとして、自分の懐に入れたのである。
この効果は絶大だった。
自らに対する嫌疑・疑惑に対しては、FBI 長官という自分の立場と捜査機関を通じて収集した取引材料を駆使して闇に葬り去り、自らの地位を脅かすあらゆるものの排除に成功した。
結局、フーヴァーの犯罪や不正は、彼の死後にようやく明るみに出る。
そう。生前に暴かれることはなかったのである。
権力を伴う犯罪・不正がいかに恐ろしいものか、お分かりいただけただろうか。
つい最近も某社の CEO が逮捕された。
まだ明らかになっていない部分も多いが、これも外形的には似た構図である。