不正が実行されるまでの 3 要素を表す「不正のトライアングル」は、広く知られている。ご存知の通り「動機 (プレッシャー/インセンティブ)」「機会」「心的態度/正当化」である。
しかしながら、その 3 要素が揃ったとしても、不正を実行する者もいれば、悪事には手を染めず真っ当に生きる者もいる。この差は何に基づくのだろうか。
今回は、犯罪学コラム「#02 ロンブローゾ、犯罪者と体格 (骨相学)」から延長させて、不正実行者や犯罪者の根源について考えてみよう。
犯罪者の根源については、多くの研究者が様々な分野から研究している。
古くは、逸脱行動や粗暴行為の由来について、生物学的な視点や社会学的な視点から解明が試みられてきた。この研究は、criminogenic involvement と呼ばれ、犯罪を誘発する要因を明らかにしようとするものである。
これまでの研究によると、その根源としては、大きく分けて 2 つ、「遺伝などの生物学的要因」「環境などの社会学的要因」が挙げられている。
まず、犯罪行為の定義を行う。
Bartol (2011)[※1] によると、犯罪は「法律の禁止または命令に違反する行動または行為」として定義され、いわゆる違法行為・不法行為とよばれるものを対象とする。
「#02 ロンブローゾ、犯罪者と体格 (骨相学)」でも説明したが、犯罪行為の由来で最初に検討されたのは生物学的な要因である。
次のような分野から、犯罪行為の由来が研究されている。
生物学的要因に注目した近年の研究に、興味深いものがある。この研究は、スウェーデンのカロリンスカ研究所、カナダのオタワ大学、イギリスのオックスフォード大学の共同研究チームにより行われ、2015 年 4 月に国際疫学学会誌の論文で発表された。
スウェーデンで 1973~2009 年にかけて性犯罪で有罪となった男性 21,566 人について調査したこの論文[2]は、次のように結論付けている。
研究チームのひとり、オックスフォード大学のシーナ・フェゼル氏は、この結果について「環境がすべてではなく、遺伝的な要因は存在する。これはささいなこととは言えず、遺伝的要因を排除してはならない」([3] より引用) と述べる。ただし「遺伝的傾向があるからといってその人物が確実に性犯罪者になるわけではなく、どの個人も性犯罪を起こすリスクは低い」(同)
一方、犯罪行為には犯罪者と環境との相互関係が影響しているのではないかと考えた研究者たちは、社会学的要因に目を向けた。
社会学的要因とは、生まれてから犯罪行為に至るまでに本人が置かれた環境などを指し、次のような要因が挙げられる。
たとえば、貧困で食うに困った者は強盗や窃盗を行うかもしれないし、反社会的勢力に身を置いた者は (そのような意図を持たなくても) 犯罪行為が生業になるかもしれない。自分や仲間が何らかの被害を受ければ怒りで (報復とは別の) 犯罪行為に走るかもしれないし、誰かの犯罪行為を見て自分も模倣するかもしれない。
社会学的要因が着目された理由は、社会学的要因が個人の立場ではコントロールできない点にある。
特に、社会環境から行動や思考などを学ぶ幼少期から独り立ちするまでの期間は、ほとんどの場合、親や先生などの他者の意向で環境が定められてしまう。そこには自発的な選択の可能性さえほとんどない。
生物学的要因説からは、犯罪者の子は犯罪者という極論が導かれる。しかしそうではない。また、犯罪者ではない親の子が犯罪行為に至る理由も説明ができない。それは顔付きや体格からの説明でも同様である。
社会学的要因説からは、犯罪者と同じ環境で育った者は犯罪者になる (犯罪行為に至る) という極論が導かれる。だがこれもそうではない。
しかしながら、それぞれの立場にはそれぞれの根拠があり、生物学的な要因と社会学的な要因とが関係して犯罪行為に至ると考えられている。また、生物学的な要因と社会学的な要因との間には何らかの相互関係があると結論付ける研究も存在する。
凶悪犯や粗暴犯と不正実行犯 (ホワイトカラー犯罪者) などの知能犯とでは、それぞれの要因の影響の度合いは異なる可能性もあるが、現時点でははっきりと分かっていない。
株式会社ディー・クエスト 公認不正検査士 山本 真智子