今回は、ギャンブルと不正の類似性について取り上げる。
ギャンブルと不正? 何の関係があるの? お金が絡むから、負けが込んだら動機になるかもしれないね。くらいに思われる方が多いのではないだろうか。
確かに、不正もギャンブルも、その多くが金銭を目的とする点で共通する。しかし、もう一つ重要な共通点がある。それは、いずれも行為が繰り返された結果、常習化・嗜癖化するという点である。
不正や犯罪が繰り返されることと、ギャンブルをやめられないことは、非常に似ている。
横領などの不正に関する報道・報告では、一度だけではなく、長期間にわたり繰り返し行われていた、とされるものが多い。何度も繰り返していたらいつかは発覚するだろうし、途中で止められなかったのか、などと思うものだが、その理由として考えられるのが行為の常習化である。
一方、ギャンブルにおいても、パチスロや (これをギャンブルに入れてよいかは議論があろうが) ソーシャル ネットワーク ゲーム (いわゆるスマホ ゲーム) に夢中になり、業務に支障が出たり、子育てなどプライベートにも影響を及ぼしたり、果てには破産したりする人がいる。その依存性については、心理学や行動経済学などでも説明されている。
両方に共通する状況を図にすると次のようになる。
「自分 (の努力だけ) では制御できない状態」は、精神的・心理的に気持ちが悪い。その状態を何らかの方法で容易に解消できると、次第にそれを常用するようになる。
依存症に代表されるのは、お酒や (ほとんどが違法な) 薬物である。「楽しい気分になりたい」「嫌なことを忘れられる」と手を出して、それが度を越すと次第に依存する。
「不安や脅威を取り除く」という観点で考えれば、「借金の取り立てから逃れるために眼の前にあるお金をちょっと借りる」かもしれないし、「友人や第三者からの称賛を得たい」という観点なら「ゲームに課金して強いアイテム (キャラクター?) を手に入れる」かもしれない。
これが繰り返されると、「手っ取り早く状態を改善できる」という状況それ自体にのめり込むようになり、「手っ取り早い改善ができない」という状況が気分の悪い状態となる。ここから依存が始まり、最終的には「手っ取り早い解決方法」が常態化する。これが嗜癖化である。
嗜癖について共通した特徴として、文献では次のように説明されている。
手っ取り早く強力に気分を変えること (酔う、気分が良くなる) にのめりこんでコントロールがつかなくなり、問題が起きても修正できなくなっていく。
成瀬 暢也「病としての依存と嗜癖」[※1]より
最新米国トピックス「How one fraudster rationalized his crimes (不正実行者が自らの犯罪を正当化するまで)」の Chuck Gallagher (不正実行犯) を例に考えてみよう。
詳細は記事を読んでいただくとして、彼の状況を図解すると次のようになる。
お気付きだろうか。
最初の支払いは、切羽詰まった状態だった。その状態を解消できたのなら、その時点で不正を行うのはやめて、その後はきちんと返済すればよかった。しかし、そうはならなかった。
気持ちの悪い状態を容易に解消できる別の手段があることに気付いてしまうと、そこに依存するようになるのである。
ギャンブル、いわゆる賭け事に対しては、個人ごとに好き嫌いがある。
つまり、ギャンブルをやる人は本質的にギャンブルが好きなのであり、そこで雰囲気や射幸心を始めとした心身に作用する様々な効果を受けているうちに、だんだんと、のめり込んでいく。
不正についても似た経緯をとる。
最初は不正に対して拒否感が少なからずある。それは罪悪感であったり発覚した後の罰則への恐れであったりする。最初の不正を行えた人は、次からは心理的なハードルが下がることもあり、苦境を容易に解決できる方法である不正を多用するようになる。
依存の問題は、一度「依存」あるいはそれに近い状況に陥った者が、自力で元の状態に回復する可能性が小さいという点にある。不正の芽が小さいうちに摘むことを推奨する理由はここにある。
不正に対して積極的な対応を行わない。不正を検知しても内々で処理する。不正が周りに知られているのに罰を与えず重用する。そのような状況は、不正を増長するばかりか、別の者による不正すら生みかねない。
株式会社ディー・クエスト 公認不正検査士 山本 真智子