第11回の対談は明治大学教授の弥永 真生 氏をお迎えして、公認不正検査士が業務上負う法的リスクや企業内で果たすべき役割について議論するだけでなく、近年浮上してきた第三者委員会の在り方に関わる提言や弥永教授の研究テーマである「中小企業の会計とその適正性の確保」に取り、日本の中小企業が抱える会計上の問題点等について伺います。
(聞き手:ACFE JAPAN 理事長 藤沼 亜起)
1984年明治大学政治経済学部経済学科卒業、1986年東京大学法学部卒業、1986年東京大学法学部助手、筑波大学社会科学系講師、助教授、2002年筑波大学ビジネス科学研究科企業法学専攻教授を経て、2021年より明治大学専門職大学院会計専門職研究科教授、現在に至る。著書に『Japan, IEL Privacy and Technology Law』、『中小企業会計とその保証』、『リーガルマインド会社法[第15版]』ほか多数。
中央大学商学部卒。1974年公認会計士登録。国際会計士連盟(IFAC)会長(2000-2002)、日本公認会計士協会会長(2004-2007)、IFRS財団評議員会(Trustees)副議長などを歴任。日本公認会計士協会相談役。
ACFE(公認不正検査士協会)は、アメリカを中心に約9万人の会員を有していますが、日本におけるCFE資格は公認会計士や弁護士の方に加え、企業の内部監査室等に所属している方の取得が多い傾向にあります。しかし、内部監査室に所属されている方々は、4、5年ほどでローテーションがあるため、会社から資格試験・資格維持の補助がなくなってしまうという構造的な問題があると考えられます。
会計不正や品質不正などの様々な不正がなくなることはありません。最近は外部からのサイバー攻撃も増えています。日本では、有名企業の品質不正が相次ぎ話題になりましたが、会社の中で不正問題が浮上すると、不正調査委員会や第三者委員会などが設置されます。その際に公認不正検査士の出番がやってくるのですが、法的リスクの問題の知識や経験など、未成熟な部分がありますので、今回、弥永教授とはそういった不正検査士の法的課題についてディスカッションしたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。第三者委員会の設置など、内部統制部門の強化のためには資格の所持だけでなく、公認会計士と同様、研修を受けて知識をアップデートすることが必要で、そこに公認不正検査士の意義があると思います。しかしながら、法的責任や法的リスクは、公認会計士などが直面している問題とは少々違ってくるのではないかと思います。
公認会計士は、第三者に対して直接の監査意見などを通じて損害賠償責任を負わなくてはなりませんが、公認不正検査士は、会社の内部監査部門や会社から依頼された監査法人、または、弁護士事務所に勤務する方が多いと聞きます。外部に直接意見を表明することはないことから、公認会計士のようなリーガルリスクを負っているわけではありません。逆に、内部的な面では、情報を集めることから、不正調査自体が個人情報の保護や通信の秘密などに関わってくるため、情報を入手する際のプロセスや情報管理の際に大きなリーガルリスクがあるのではないでしょうか。
先生のおっしゃる通りです。不正検査士は不正を調査する立場ですが、インタビューが得意な人、法律面でサジェスチョンするなどの役割分担があります。米国の場合、不正調査を内部ではなく、外部の会計事務所・法律事務所などで行っていますが、日本はそうではない。そういう点から見ると、日本では、個人情報や通信の秘密へのアクセスなどが、リーガルリスクとして考えられるのではないでしょうか。
不正調査のプロセスでは、例えば、会社の所有物であるコンピューターの中身を見ることはできると思いますが、会社のメールアカウントの場合は、仕事以外に使ってはならないとあらかじめ決まっていれば通信記録の開示要求ができると思います。ですが、会社のメールアカウントがプライベートにも使える、あるいは、プライベートでも使わせており、それを事実上認めている場合、全てのメールをチェックできるかというと、必ずそうではないかもしれません。そもそも通常は会社のアカウントではない個人のものは開示要求できないので、不正調査の際に個人情報とか通信の秘密などの問題が起きる恐れもあります。
もう少し原始的なもので言うと、会社が与えている机や棚などで、「業務用のものしか置いてはいけない」と規定していれば調べることができると思いますが、私物を置くこともできるとしていた場合には、その私物の部分には手は出せないということになりそうです。そのため、実際に不正調査を実施する際に十分な証拠を確保するために、それをどうやって入手するのか、入手したものの中に余計なものが入っている時にどのように選別して必要な情報を守るかという問題が出てくるのですね。
なるほど、確かにその問題は出てきますね。前回、上村 達男 先生と対談した際に議論したのですが、電子メールを調査する際など、調査側に都合のいい情報だけを集めてきている可能性もあるので、情報の収集方法も開示する必要があるとおっしゃっていました。一番分かりやすいのは、裁判所に頼む方法でしょうか。
そうですね。裁判所を通じれば一定の手続きを経ているので、個人情報保護などの関係で言うと、情報の入手についての問題は起きなくなるのですね。ですが、入手した情報の管理については、裁判所を通じて入手しても同じ問題が出てきてしまいます。
会計不正の調査とは、少し違うアプローチが必要になるのですね。
その通りです。それからもう1点気になるのは、従業員に情報を出させる際にどのように話すのかということです。インタビューやヒアリングと共通するのですが、そこで不必要に脅かしてしまうと……。
それはリスクが生じますね。
はい。「情報を出さないと酷い目に遭うぞ」というように脅して取得した証拠には法的リスクが生じるので、情報を提供しないとどのような不利益があるのかについて伝える場面では、適切な話し方をしないと、後になって問題にされるリスクもありますね。
ACFEの米国本部などで行っているインタビューのトレーニングでは、部屋のドアを閉めてはいけないとか、大勢で対象者を取り囲むようなことはだめだとか、ほかにも、インタビューをする際の距離は近すぎてもいけないし、遠すぎてもいけないなど、細かい指示があります。
おっしゃる通りですね。圧迫感を与えるということ自体がいけないのだと思います。
会計士には監査基準があるのに対し、不正検査士にもマニュアルはあるのですが、法的にオーソライズされた基準ではありません。そのため、会計士の場合は監査基準に違反すれば何らかのペナルティーがつくわけですが、不正検査士の場合には、基準として法的に違反していると明確に指摘するのがなかなか難しいわけです。
企業、監査法人、弁護士事務所が、任命した不正検査士に対して何をするか指示し、それに従っていれば、不正検査士としては十分責任を果たしたと言われるケースが多いと思います。それでも、不正検査士の専門的判断に委ねられている部分が適切に行われないケースについては、リーガルリスクの問題ではなく、むしろ、個人のレピュテーションの問題として処理されるか、あるいはまさにACFEが、協会・団体としてその質を左右すると思います。要するに、協会・団体が公認不正検査士に対して適切なサンクション(制裁・措置)を与えているか否かという形で、公認不正検査士全体に対する信頼を維持する、つまり、リーガルリスクではないところで公認不正検査士協会の果たすべき役割が出てくるのではないのでしょうか。
不正検査士は様々な面で果たすべき役割があると思います。例えば、会社であれば、不正の防止や抑止など、不正の予兆があれば、それに対しアクションを起こすとか、それから、不正が見つかった場合、どのように処分・処罰するかを判断するなどですね。そのほかにも不正検査士が担うべき役割を弥永先生はどうお考えですか。
それには、不正検査士にどういうことをして欲しいのかという職務分掌がそれぞれの企業で必要になってくると思います。
なるほど。懲罰規定などに関与したほうがいいかもしれませんが、そもそも不正事件は起こらないほうがいいわけですから、そういう部分で意見を表明できる場合も想定できますね。ただし、それには、内部監査室などがどれほど社内で重要視されているのかという力関係も出てきますよね。
そうですね。銀行は必ず内部監査室をお持ちですが、最近、問題になったようなケースを見ていると、金融機関ですら内部監査室の影響力は強くないと申しますか、少なくも役員との関係では、かなり力が弱い印象です。従業員との関係ではそれなりの役割を果たしているのでしょうが、役員との関係になると、公認会計士による監査の文脈で問題となるように、経営者不正は内部統制によっては必ずしもコントロールできないという課題があります。公認会計士監査においてそれが特別な検討を要するリスクになりやすいという構図と全く同じで、内部監査との関係でも、経営者は内部監査の外側にいて、内部監査室に必ずしも独立性があるというわけではないこともあり、十分に機能しにくいところがあるのだろうと思いますね。
特に新興企業は売上一辺倒になってしまい、意図していないにも関わらず、上から内部統制を無視するような圧力がかかっているように感じてしまうという、日本的な不正もありますね。企業トップがそういうことをやらないように常に社内で発言するというカルチャーの醸成が必要ですが、大企業であっても、品質不正のような問題になってしまう。悩ましい問題ですね。
この頃は会計不正だけじゃなく品質不正など不祥事がいろいろ起きており、その度に第三者委員会などの調査委員会ができていますが、八田 進二 先生の著書では、第三者調査委員会に著名な有識者が起用されても、実際には社長が刑事罰を受けないよう、御用組合的な感じで機能しているほうが多いのではないかという懸念が記されています。弁護士の久保利 英明 先生と國廣 正 先生の著書によると、社長の代弁者的になるような第三者委員会が必ず出てくるため、弁護士会が基準を作ったものの、なかなか守られないケースがあることから、第三者委員会の調査報告書をABCDの4段階で評価する格付委員会制度を設置したという話も聞いています。
また、最近は、法律事務所や監査法人なども第三者委員会の設置を企業に勧めるようになり、法外な報酬を請求し、会社は上場廃止を恐れて、それに従ってしまうという話も出ています。日本の第三者委員会というのは無理やり作ったような感覚もあり、実際に第三者性があるかどうかの判断は難しいのですが、これらに関し、弥永先生は何かご意見はありますか。
精神的な独立性が欠けているケースが結構あるのではないかという気はしますね。そもそも弁護士は独立性が要求されない職種とも言えます。公認会計士のようには精神的独立性が重要視されないと申しますか、依頼者の利益を図るのが弁護士の基本的な役割ですから仕方ないかもしれません。依頼者として、会社や会社の経営者が念頭にある、少なくとも、暗黙にはあるのではないかという印象があります。さらに、独立性が欠けていることを理由として、弁護士会が処分することが必ずしも想定されていないというのが現状なのではないかとも思われるところですね。
第三者委員会の委員を務める場合につき明示的な行為規範があれば忠実にそれに従うでしょうが、実際には、たとえば、日弁連が公表している「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」には拘束力があるわけでもないので、弁護士会による自主的なコントロールなどだけで第三者委員会の委員としての在り方をしっかり規律するのはなかなか難しいと思います。先ほど申したことと重複しますが、第三者委員会を任命するのは現在の経営者や取締役会であることが一般的ですので、正論を述べるとレピュテーションに悪影響があるとか、下手すると、会社の経営者にとって望ましい結論を出してくれるような有識者に人気が出て声がかかりやすくなるようになってしまうというのが市場のメカニズム・市場原理の帰結だとすると、非常に困ってしまう事態になることは確かですね。
独立しているような外観を作ることはむずかしくないかもしれませんが、精神的独立性をどのように担保していくかは、先ほど公認不正検査士の職務について申し上げたのと同様に、第三者委員会においても、一方ではまさに評判のメカニズムが働き、また一方ではこれまでと発想を変えて、弁護士自身が、依頼者である会社ではなく、より広く、社会一般がその不正行為等の究明と是正の受益者なのだという意識を持つ必要があります。例えば、精神的独立性が欠けていたと考えられる事案において、公認会計士に対しては信用失墜行為を理由として懲戒処分を下すように、弁護士会においても少々歪んだケースについては、信用失墜行為を理由として処分がなされる、勧告がなされるというようになれば、状況は変わるのかもしれないですね。
そうですね。例えば関西電力株式会社幹部の金品受領事件では、第三者委員会が厳しい報告を書いたのにも関わらず、実際の不正処分となると、不適切だが違法ではないためお咎めなし、という法律上の刑事罰の判断が大きく離れてしまったわけです。企業や自治体の人から実際に金品を受領しているのに、受け取りを断ると相手が怒ってしまうから、といった理由が挙げられていましたが、一般的な感覚ですと、責任を追及されて当然だと思いますが。
民事責任について考えてみると、会社が損害賠償を請求することをあまり好まないというところがありますね。関西電力の件で申しますと、日本では相談役などに対する支払い等に関する報酬規制が、法律上存在しないという問題があります。しかも、会計上の問題と共通していて、日本の場合は情報を開示しなければいけない事項がルールベースで定まっており、相談役等に対する経済的利益の供与は、開示されません。例えばですが、相談役になった後も過去に取締役や監査役、執行役などのいかなる形であってもその会社に関与していた者が、その会社から経済的利益の供与を受けた時はそれを全部開示しなくてはならないというルールにすれば、開示を通じた規律が働くことになります。表に出るのであれば、会社も不正を控えると考えられます。
それは良いご提言ですね。開示にすることで説明責任が生じるという。
日産自動車のカルロス・ゴーン元社長兼CEOのケースでは、海外の非連結子会社を通じてゴーン氏の姉などに資金を出していたなどと報じられていますが、やはり、非連結子会社を通じた関連当事者との取引についての開示がなされなかったことに問題があると考えております。この点について、私は失礼ながら、監査人の意識も関連当事者間取引の開示について日本は非常に緩いと思っており、こうした関連当事者取引は実際にはもっと存在するのではないかという懸念を持っております。監査人は、財務諸表本体の虚偽記載をもたらすおそれがあるというのでなければ、あまり真剣にチェックしないため、ディスクロージャーが要求されてもエンフォースされていないという結果になっていたり、あるいはディスクロージャーがそもそも要求されていなかったりなどして、外に出てこないという面があるのですね。
確かにそうかもしれません。会計士が行う関連当事者の情報開示というのは、役員に「この方は関連当事者になりますか」と尋ねるだけになるので、本人が申告していない可能性は十分にあります。
弥永先生の最近の研究の中で、中小企業における財務報告の信頼性の問題があります。会計の適正性の確保や財務報告に係るプロアクティブ・エンフォースメントの採用などを課題とされていますが、中小企業には不正というよりも脱税の方が多いように感じられます。会計参与というポジションも一時期注目されましたが、どの程度使われているのかなどお伺いしたいと思います。
中小企業に絞って申し上げると、日本が先進諸外国と大きく違う点として、金融機関が中小企業の財務報告をあまり重視していないという大きな問題があります。
それは事実ですね。
金融機関の与信担当者の能力が高ければ別に関係ないのですが、今日のようなゼロ金利とかマイナス金利政策の中で、金融機関における十分な与信管理能力が落ちてきているのではないか、要するに、人材を確保できなくなってきているのではないかと私は心配しております。与信管理能力の低下にも関わらず貸出ができているのは、信用保証協会がかなり広く、緩やかに保証してしまっているために会計情報について関心を持たなくても、金融機関は損をしないからです。金融機関が中小企業の財務報告に対し関心をもたないことが少なくないのが日本の現状であるのに対し、欧州諸国や米国において、中小企業の財務報告は重視されていると思います。米国の場合は任意ですが、一定以上の与信をする場合には、監査やレビューを要求しないことは金融機関として義務を果たしていない、と考えられています。そもそも、欧州では、法令上、かなり小さい企業にも監査が要求されたり、監査よりも保証水準の低いレビューが要求されたりしています。日本では金融機関が必ずしも熱心でないために中小企業の財務報告の信頼性についてあまり議論が盛り上がらないということがあるのかもしれません。
また、日本に比べると、欧州や米国では一般に放任状態にしておくと不適切な会計処理がされてしまうという認識があるように思います。他方、日本の経営者には真面目な方が多い、あるいは、確定決算主義を前提として、利益の過小計上方向にバイアスがかかっているかもしれないが、利益の過大計上方向にはバイアスがかかりにくいので、さほど問題が起きないということなのかもしれません。この点はさておくと、私の最近の問題意識は、中小企業と言われている企業が実は中小企業ではないのではないかという点にあります。すなわち、減資したというだけで、大企業が中小企業となってしまっているのです。
資本金で額を1億円以下に減資してしまうから中小企業とされてしまっているということですね。
そうです。資本金が小さければ中小企業という、この仕分け方法はおかしいと思います。企業会計についての規制との関係では、欧州では総資産額・売上高・従業員数という3つの指標を基準にして、会社の規模を判断しているのです。欧州であれば大企業と言えるような規模の企業でも、日本では中小企業に分類されています。そのような、社会に対する影響が小さくない企業の会計の信頼性を確保するための方策を講じなくてもよいのか、ということが、現在、私の最大の問題意識なのです。具体的には、資本金に注目していることが最も大きな問題の1つで、税制も資本金に注目せずに中小企業とそうでないものに分けるところにまで踏み切らなければ不合理なことが生じてしまいます。資本金は1億円以下だけれども、実際は売上高や従業員数がものすごく多いといった企業が最近どんどん増えてきています。実は、昔からの上場企業にもそういったところは結構あるのですよね。
以前、岡山県の非上場企業は監査もしていないということが分かって、それが問題になりましたよね。
あれは、商法特例法上の大会社なのに、会計監査人の監査を受けておらず、倒産手続に入って初めて大会社であることに社会が気づいたというものでしたね。
弥永先生のおっしゃる通り、現在、大企業になってもおかしくない、いわゆる中企業に対する問題意識が甘いわけです。ディスクロージャーの網もかかっておらず、非公開であれば株主からの圧力もありません。それによって、監査義務からも逃れてしまいました。不正検査士の中でも、非上場の中堅企業等は不正検査をするべきではないかという意見も聞かれます。不正検査に大小は関係ありませんから。
その通りですね。資本金の額に関係なく、従業員・総資産・売上などが多い場合には、利害関係者にとってのリスクが大きくなる可能性があります。
弥永先生、本日はどうもありがとうございました。