立教大学 大学院ビジネスデザイン研究科 博士課程修了。ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク Vice President、ラポール・ビジネスサービシズ・インク 日本代表、ハリー・ウィンストン・ジャパン株式会社 代表取締役社長、立教大学 大学院ビジネスデザイン研究科 教授などを歴任。 2012/6-2018/6 日本公認不正検査士協会 理事長
中央大学 商学部 卒。1974 年 公認会計士 登録。国際会計士連盟 (IFAC) 会長 (2000-2002)、日本公認会計士協会 会長 (2004-2007)、IFRS 財団 評議員会 (Trustees) 副議長などを歴任。
今期で退任されるにあたって、濱田理事長と CFE 資格との出会いについて教えてください。
CFE を知ったのは 20 世紀の終わりの頃だったと思います。1990 年代はニューヨーク証券取引所の上場会社に勤めていたのですが、貴重品を扱う会社でしたので、セキュリティもしっかりとした体制を構築していました。しかしながら、当時のセキュリティ部門には、フィジカル (物理的) セキュリティという概念しかなく、その結果、警備員が手引きをして、犯人を会社の中に入れて、ダイヤモンドの袋をいくつも盗むという大きな盗難事件が起こってしまいました。それを境に、セキュリティの部門の改革が行われ、それまでフィジカルセキュリティのみであったものが、リスクを全般的に管理するというマネジメント方式が新しく導入されました。部門名がロス・プリベンション (損失防止) と変わり、IT セキュリティや、リスクコントロールを含めたセキュリティ体制の構築が始まった訳ですが、そのような中で、CFE という資格を知ることになりました。
CFE 資格を取得されたのはいつ頃ですか。
CFE 資格を取得したのは 2002 年だったと思います。
まさに日本におけるパイオニアですね。濱田さんは 2012 年に理事長に就任され、今期で 3 期、6 年が経過した訳ですが、ご就任当時のことをお話いただけますか。
私の前任の理事長は刑事訴訟法で有名な慶應義塾大学の安冨教授ですから、果たして私で良いのだろうかという気持ちで理事長に就任させていただきました。当時の CFE を取り巻く環境といえば、2011 年がオリンパス、大王製紙の事件があった年で、2012 年は AIJ 投資顧問の年金資金が消失した事件で始まり、海外では FCPA (海外腐敗行為防止法) や反トラスト法の域外適用が日本企業に対して強く行われだした時期でした。その後、2013 年になると、みずほ銀行の反社会的勢力への提携融資、2015 年には東芝の会計不正が明るみに出て、その後も、さまざまな事件が発生しています。企業不正の防止と発見に取り組む我々 CFE にとっては、挑むべき事例・課題というものが、ずっと続いてきたというのが感想です。
濱田理事長が就任していただいたときの会員数は 900 名弱でしたが、現在では約 1,700 名になっています。内、CFE 資格取得者は 1,200 名弱となっておりますが、理事長を退かれるにあたり現在どのような思いですか。
常に主張してきたことですが、日本企業も不正に取り組むべき主体として、企業の中に不正リスクに向き合う専任の担当者を置くべきであると考えています。現在、ACFE JAPAN の会員プロファイルは、公認会計士や弁護士、内部監査人が多いのですが、先ほど私が 1990 年代に経験したような、企業の中で不正のリスクに挑んでいく主体となるマネジメント、そしてリスクマネメントを専門とする担当者が、しっかりと根付いているのかというと、まだまだであると思います。業務命令により内部監査等の部署に異動してきた人たちは、数年でまた業務命令により異動していきます。経営者が自社の不正リスクをしっかりと管理していくためには、社内で専任の方を育てていくということが、とても大事なことだと思うのです。
組織の中で不正対策の担当者を育成するという意味では、ACFE JAPAN では法人会員制度を導入し、個人会員とは別の会員制度を取り入れましたがこの件についてはいかがですか。
こちらもまだこれからなのだと思います。法人会員制度の普及に取組む中で感じたのは、日本の組織の中で、どの部門の人たちが、企業不正のリスクに対処し、CFE 資格取得を目指すべきなのかが明確になっていないと考えます。この点についてはまだまだ改善が必要だと思います。
この点について藤沼先生にお伺いします。最近、藤沼先生は、公認会計士社外役員ネットワーク代表幹事に就任されました。公認会計士の方々が社外取締役、社外監査役になるための、色々なアドバイスや方向性を計画されておられるとお聞きしています。今後、CFE 資格を根付かせていくためには、例えば社外取締役のような方たちに、この資格を理解していただければと考えておりますが、そのあたりの方向性、あるいは可能性というのはいかがでしょうか。
可能性はあると思います。企業のトップの役員の方は一般に、不正に対して、初めはネガティブな反応を起こしがちです。性善説的な思考がありますから、「我社の従業員はまじめで、よくやっている」という感覚の方が多く、非業務部門である監査だとか不正調査だとかの部門については、できるだけコストのかからないようにしたいという意識が強かったようです。
ただ、最近は状況が完全に変わってきました。名門企業といわれる会社でさえ、色々な不祥事件を起こしています。そのような事件が起こると、最近ではガバナンス体制が脆弱で内部統制環境に不備があったのではという見方をするようになってきました。大きな事件が起きると会社はレピュテーションリスクも含め甚大な損害を被るわけですから、統制環境の整備には十分な配慮が必要です。従来通りという訳にはいかないという認識は強まってきたと思いますね。
公認会計士協会では今、社外役員に就任している会員が 1,600 人から 1,700 人程度います。ですから、社外役員会計士ネットワークでは、その人たちが、社外役員として期待通りの役割を果たしてほしいので、まずは社外役員として必要な教育・研修に重点を置いています。ガバナンスコードでは、どちらかというと攻めのガバナンスに重点を置いていますが、公認会計士の役割は、どちらかというと守り機能が期待されているように思います。
しかし、実際には攻めと守りはバランスが取れて初めてうまく機能するわけです。ですから、昨今起きているような製造業の品質管理の問題は、社内のルールやまた顧客との契約を守らない結果として発生してしまった不祥事です。このような不祥事が長い期間にわたって見過ごされてきた根本原因は何だったのか、そもそも不祥事が何故起こったかなどの調査は絶対に必要ですし、改善策の作成も求められます。このような不祥事や不正事件は全て内部統制上の問題とも繋がっているわけですから、社内のみならず社外役員も深刻に考える必要があります。企業ガバナンスを強化するという時代においては、CFE 資格者の意義は自然に頭の中に入ってきますし、自分でも CFE 試験にチャレンジしてみようと思う人も出てくるでしょう。最近の大型の財務会計不正事件も含め製造業の信頼を崩壊させるような品質管理上の不祥事件などが起きてしまったことは、CFE の仕事が再認識される契機になると思います。
確かにガバナンス強化の一環として不正対策を担う CFE の役割というのは、これから大きくなっていくだろうと思いますし、また大きくしていかなければいけないと思います。そこで改めて、この CFE 資格の教育体系についてご説明いただけますか。
CFE 資格の取得には、不正に関わる法律、会計に関する知識、不正調査の技法、そしてなぜ人は不正を犯すのかという心理的な側面の学習が必要です。最後に不正の防止と抑止についてです。この四分野を学ぶという教育コンテンツを開発し、全ての会員はマニュアルを保持して業務上で利用しているので不正や不祥事の防止に有効なのです。私は企業研修で不正の防止と発見について話す機会がありますが、「おっしゃることは分かるけど、アメリカの話ばかりされても」と言われることが非常に多いです。もちろん法制度やその執行機関は異なるものの、人間が犯してしまう不正とどうやって闘っていくのかということについては、大きな違いはありません。日本の企業が、会社を買収し、事業の種類や国や言葉や宗教を乗り越えて新しい事業を始めていくような時代に、確立されたスタンダードをきちんと学んでみるということは、とても大事だと思います。しかし、同時にこの資格体系は、米国の法制度や会計基準に沿って作られていることも事実であり、今後は、日本の実情を考慮した上で、より実践的に現場で使える資格にしていく必要もあると思います。
グローバルな対応も含めて、教育コンテンツは普遍的だということですね。国民性ということについては何か違いがあるのでしょうか。藤沼先生は、日本人としては初めて IFAC (国際会計士連盟) の会長をお務めになられ、その後日本公認会計士協会の会長職にも就かれておいでです。日米両国の会計基準を熟知しておられると同時にそれぞれの体制の違いにもお詳しいと思われますが。
外国では、特に米国は人種のるつぼですので以心伝心というものがあまりない。また弁護士が大勢いるからか訴訟事件が多く、会計基準も含め法律・規則は詳細なルールベースに基づき作成され、これ等に準拠して業務を行われています。ですから、法令等に従っていれば別に問題ないのですが、それに違反すると、厳しい罰則・処分等が待っています。
一方、日本の企業は、最近は終身雇用が崩れてきている、若者のメンタリティーが変わってきていると言っても、一括採用した従業員を定年まで雇用し、経営者は一般に会社の従業員の中で悪いことをする者はいないだろうと考えます。いわゆる性善説です。
今国会で起きている事件なども、誰が何の目的で公文書の書き換え或いは改竄を指示したのか、また誰が文書を削除したのかはっきりと分からない、司法取引も禁じられていたし、政治家や上司の意向を忖度して物事を進めたのか分からないままで終わってしまうのでないか。そういう風土的な違いがあると思います。
しかし、どこでも不正は実際に発生していますし、不正の内容に日米で大きな違いがあることはない。それぞれ国の法制やビジネス環境の違いがあるということを理解しながら、教材の開発や研修セミナーで使うケース事例も含め、日本的に受け入れられやすいように作成していくということは必要だろうと思っています。
では、組織の中において、当協会はどのような役割を担うべきだとお考えですか。
例えば、内部監査部門は、以前は、会社の中で何か悪いことばかりを指摘するが改善策を示してくれないと批判されることが多く、一般的に嫌われ役になりがちでした。しかし、最近はそうではなく、内部監査を通じて発見した事項を経営層や担当部門に対して色々と助言していく、つまり会社の良きアドバイザーとしての役割を果たしていくという前向きな姿勢を示すことにより、内部監査を受け入れる部門の雰囲気を変えていくよう努力しています。当協会も、不正検査で不正を暴き出したり、不正をしている人間を探し出したりする事例を紹介し会員の啓蒙に努めることは引き続き実施していきますが、むしろ不正が起きないようにする未然防止のための抑止策の紹介やその普及に一層の努力をしたいと思っています。不正防止の教育の充実や IT を通じての内部統制手続の強化など、企業内で不正問題が起こらないような組織づくりの一翼を担う協会になっていくべきでしょう。
ありがとうございます。ここで話を変えまして、カンファレンスの話題に移らせていただきたいと思います。
米国のカンファレンスの規模は非常に大きく、今年もおそらくラスベガスで 3,000 人ぐらいを集めると思います。濱田理事長には 2012 年から 2017 年まで ACFE グローバル・カンファレンスに出席していただいております。これまで参加されて、どのような感想をお持ちになられたでしょうか。
振り返ってみると、私は過去 6 回、グローバル・カンファレンスに出席しています。2012 年のオーランド、それから 2013 年はラスベガス、2014 年がサンアントニオ、2015 年がボルチモア、2016 年がラスベガス、そして去年がナッシュビル。3,000 人規模のカンファレンスに参加して、米国の MICE ビジネス (Meeting, Incentive, Convention, Exhibition) のすごさを感じます。3,000 人が 1 つの会場に着席して講演を聞きながらランチのサーブを受ける、ラスベガスではそれを一度に複数やっている。日本でも可能だろうかといつも考えていました。
印象に残ったスピーカーはいましたか。
初めて参加したカンファレンスはオーランドで、そこでオリンパスの不正会計事件で有名になったマイケル・ウッドフォード (Michael Woodford) 氏に会いました。ACFE は毎年、内部通報者に告発者賞 (クリフ・ロバートソン・センティネル賞) を贈っています。彼は 2012 年にこの賞を受賞していて、講演者でした。そのときに「このままでは日本のマスコミは、あなたのことを、そして事件のことを忘れてしまう、もう一度日本に来て話しをしてください」と必死で説得しました。その結果、彼が来日してくれたのは、やはり大きな達成感のある思い出です。
2015 年は、不正会計事件で有罪判決を受けた不正実行者 (Convicted Fraudster) として講演したエンロン社の元 CFO のアンディ・ファストウ (Andy Fastow) 氏を ACFE JAPAN カンファレンスに招聘する手はずを整えました。残念ながらビザ申請が却下されて来日は叶いませんでした。それで、急遽、内部告発者のシェロン・ワトキンス (Sherron Watkins) 氏を呼んで、アンディはビデオでの講演となりましたが、大変に印象深いコンファレンスになりました。
2014 年は、FCPA ガイドラインの作成に力を尽くした元米司法省刑事局司法次官補ラニー・ブルーアー (Lanny Breuer) 氏が ACFE JAPAN カンファレンスに登壇しました。彼は 2011 年の米国カンファレンスの講演者でしたが、そういった人たちの話を、できるだけ日本の会員にも聞いて欲しいと常に思ってきました。
基本的には ACFE グローバル・カンファレンスは、そういった著名な講演者のスピーチ以外は、ほとんどのセッションが会員同士の勉強会です。将来は日本でも、会員同士が自分たちの企業不正に関する知見を共有し合うということができないかと思います。
藤沼先生は、これから理事長としてグローバル・カンファレンスにご参加いただきます。どういったことを期待されておられますか。
私も非常に楽しみにしています。会計士の世界にも 4 年に 1 度、5,000~6,000 人が集まる世界会計士会議があります。大きなイベントです。また、私は AICPA (米国公認会計士協会) のアニュアルカンファレンスに呼んでいただき、ハワイのマウイ島で開催されたときに参加しました。やはり大きな会場でしたね。プレジデントディナーが前日の晩に開催され、過去のプレジデント夫妻と現役のボードメンバー夫妻及びゲストスピーカーの方も招待されていました。非常にソーシャルで心のこもった仕掛けでした。
ラスベガスに行ったことはありますので、今年の ACFE グローバル・カンファレンスはすごいものになると想像しています。ACFE 本部の主要な方々と知り合うこと、そして地域で活躍している方々たちとそれぞれの活動について意見交換等をしてきたいと思っています。どのような人が基調講演をするのかも楽しみですね。いろいろなプログラムに参加して勉強してきたいと思っています。
今年は ACFE 本部の President & CEO として、これまでより一世代若いブルース・ドリス (Bruce Dorris) 氏が新たに就任しました。
私が本部のカンファレンスに参加しだした当時は、ACFE 創設者のジョゼフ・T・ウェルズ (Joseph T. Wells) 氏がウェルカムスピーチをしていました。彼の引退後は、ジェームス・ラトリー (James D. Ratley) 前会長でした。今年からブルースへと本部のカンファレンスにも変化があります。ACFE JAPAN も私から藤沼先生へ理事長が交代となりますので、是非、本部の新しいマネジメント層と関係を深めていただきたいと思っております。
ACFE JAPAN カンファレンスについてお伺いします。改めてこれまで印象に残った講演とか、あるいは、これからの ACFE JAPAN カンファレンスのあるべき姿について、お聞かせいただきたいと思います。
私は 2005 年のキックオフ・カンファレンス、その後、理事長になる前のカンファレンスでも講演させていただきました。理事長就任後は、2012 年のマイケル・ウッドフォード (Michael C. Woodford) 氏の講演と、翌年 2013 年の元 AIJ 投資顧問企画部長 (九条清隆氏) の講演が非常に印象に残っています。同年、「弁護士 対 会計士」というテーマで、理事の山口利昭弁護士 (現任)、木曽裕弁護士 (当時)、対、公認会計士の宇澤亜弓氏 (現任)、小川真人氏 (当時) に討論をしていただき、非常に面白い議論ができたのを覚えています。2016 年には”Fraud Risk Management Guide”が COSO と ACFE によって公表され、COSO のタスク・フォースのメンバーで、元 ACFE のプレジデントでもあったトビー・ビショップ (Toby Bishop) 氏を招聘できたのも非常に印象深かったです。
ただ、参加者の方が、どんな講演者を喜ぶかというのは、なかなか分からなくて、意外な登壇者が喜ばれたりしますね。
私はエンロン社の元 CFO のファストウ氏のビデオ講演と、告発者のワトキンス女史の講演は最高に面白いと思いました。ファストウ氏の講演は、自己弁護には思えないくらいに巧みな話でした。「自分は不正や違法なことはしていないが、投資家等をミスリードした」という言葉が印象的でした。これに対してワトキンス氏がファストウ氏の講演後にコメントを求められ、「みんな嘘だ、彼は自分にとって都合の良いところばかりを言ってる」と反論していました。実は、エンロン事件は、私が IFAC (国際会計士連盟) 会長時代 (2000~2002 年) に発覚した不正会計事件でしたので大変に興味深かったということです。これからのカンファレンスもできるだけ会員の皆さんの興味を引くようなテーマを選んで開催するようにしたいですね。
エンロン事件も、時間の経過とともに、あれだけの大事件の記憶が薄れていきます。企業の不正事件というのは、その詳細と教訓を語り継いでいくべきであると考えます。 また、2018 年度の第 9 回カンファレンスからは、これまで午後だけのスケジュールであったものが、一日のイベントになりますので、より多くの登壇者の方にお話をしていただけるようになります。これからの ACFE JAPAN カンファレンスにも期待しています。
ここで、藤沼先生に現在の活動についてお伺いいたします。
現在私は、私の名前を冠した藤沼塾という勉強会を主催しております。藤沼塾は、青山学院大学 大学院会計プロフェッション研究科の教授八田進二先生 (現名誉教授) のご支援をいただいて開催しているのですが、我々の当初の問題意識は、昨今の公認会計士試験の受験者の減少です。一時期に比べて半減という情勢の中、若い人たちに会計職業は魅力ある専門職だと伝えたいという思いがありました。この分野に関係のある一流の講師陣を招いて勉強会を行っております。公認会計士だから会計原則や監査手続を知っていればそれで済むという訳ではなく、もっと広い視野で多様なことを学ぶ姿勢を生涯保持して欲しいと思っています。
また、既にお話ししたように公認会計士協会の活動として社外役員ネットワークの代表幹事を務めております。同ネットワークは、監査法人を定年退職した方々が中心になっていますが、開業した若手の会計士も増えています。このような方々が社外役員として企業の取締役会メンバーになったときに、どのような知識が求められるかを検討し、会計・監査にとどまらず、専門領域外の分野についても、幅広い知識が必要だという思いからこの役をお引き受けしました。
どのようなことをテーマに勉強をされるのですか。
昨年のネットワークの発足以来、まず、社外役員の役割や心構えなどの基礎編に加えて、コーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードの内容や社外役員の権限と責任などの基本的研修科目をスタートさせました。今後は、特別科目を設け、例えば M&A に必要な知識、あるいはフィンテックの動向など話題になっているテーマを取り上げていく予定です。最近、談合の問題で建設業界大手のゼネコンが調べられていますが、海外では多額の罰金が科せられますし、また担当者は刑務所行きという可能性がありますから、法務問題も含んだ海外リスクについても取り上げたいと思っています。
藤沼塾や社外役員ネットワークの活動と、不正対策専門家としての CFE の教育体系はリンクしていく可能性はありますか。
社外役員ネットワークの取り組みの中で、例えば、会社で製品の品質管理上の問題やデータ偽装事件が起きた場合に、社外役員はどのような対応を取るべきかあらかじめ考えておくべきだと思います。社内に調査委員会を組成し問題を引き起こした根本原因はどこにあったか、改善策・再発防止策はどうすべきなのかといった点について、踏み込んだ意見が言える専門家が必要となります。そういった不正調査においても、また社内の人材育成の面でも、CFE の知識・スキル体系が大きく貢献できると思っています。社外役員には、公認会計士資格に加え不正検査についての知識を持っている方が望まれる可能性は大いにありますね。
実は、ある企業で私の後任者として監査役になった方は公認不正検査士資格を持っていました。社外役員への就任を考える人にとっては、公認会計士以外にも公認不正検査士の資格を保持していることは意味があると思います。また会社にも歓迎されると思います。
ACFE の教育コンテンツが社外取締役、あるいは公認会計士の方、もしくは会計を勉強されておられる方の、もう 1 つステップアップになるということですね。
それでは最後に、不正対策のこれからの方向性について伺います。現在、大会社の不正や不祥事、あるいは財務省の公文書の改ざん等、これまでの、誠実・正直といった日本の国民性が揺らぎ始めているように感じます。コンプライアンスや内部統制が非常に重要なテーマとなっている中、ACFE が果たすべき役割、あるいは、ACFE への期待について、お二方にお伺いしたいと思います。
ACFE JAPAN の理事である宇澤亜弓氏が、この 3 月 (2018 年 3 月) に『不正会計リスクにどう立ち向かうか!』(清文社) という書籍を出版しました。この本は、以前に出版された 2 冊を含む、宇澤氏の不正会計三部作の集大成と位置づけられると思います。
宇澤氏とは長い付き合いなのですが、彼の会計不正に関する語り口は次第に進化してきました。この著書の趣旨は、「内部統制に魂を込める」ことであると書かれています。世間では内部統制というと、「手続きの話や監査の話」と捉えられがちだが、それは誤解ではないかと主張されています。不正リスクが顕在化するのは、基本的には内部統制の失敗です。経営者が責任を持って有効な内部統制を整備して運用することが必要なのに、内部統制に対して正しい理解が不足していると思います。この本には、内部統制とは、形にとらわれない創意工夫が要求される経営の根幹に関わる大きな問題なのだ、ということをもう一度真剣に考え直すべきであるという強い気持ちが込められています。
企業不正あるいは企業の不祥事と闘う人たちも、もう一度内部統制というものに立ち返って、宇澤氏が主張するように魂を込めていくべきだと思います。内部統制の構築に責任を持っている CEO、経営者の方には、専門家あるいは CFE 資格を持った人間を社内にきちんと配置していただいて、不正リスクと対峙して欲しいと思います。私がもし CEO であれば、何百社もある子会社の管理、M&A による新規事業展開、様々な国での事業運営等にあたって、それらの不正リスクをきちんと監視し、対処する強面のマネジメントが社内に欲しいと思います。
最後に濱田理事長には ACFE JAPAN が関わってきた企業不正に関する書籍を 5 冊選んでいただきました。ご紹介いただけますか。
私が企業不正の防止と発見に、研究として取り組むきっかけになった、『不正な財務報告―結論と勧告トレッドウェイ委員会報告書』(鳥羽 至英, 八田 進二 翻訳、白桃書房、1991 年)(図 1) を最初に紹介します。何か迷う時には、これに立ち返ります。八田先生は、「本報告書での勧告を受け、不正を無くして健全な企業社会を構築することの重要性をいち早く認識するとともに、そのために必要な不正防止対策を提示するとの使命を持って」ACFE が創立されたと述べられています。次に、ジョセフ・T・ウェルズ著『企業不正対策ハンドブック―防止と発見―』(八田 進二・藤沼 亜起 監訳、第一法規、2009 年)(図 2)。これはバイブルとして位置付けられるものだと思っています。そして、『企業不正対応の実務 Q&A』(八田 進二 監修、一般社団法人日本公認不正検査士協会 編集、同文舘出版、2011 年)(図 3)。そして、やはりどうしても申し上げておきたいのが『企業不正防止対策ガイド』(日本公認会計士協会出版局、2009 年)(図 4)(同 新訂版 2012年)(図 5) ですね。これは藤沼先生も検討委員としてご協力いただきました。AICPA、IIA、そして ACFE によって作成された当ガイドがたたき台となって、2013 年の COSO フレームワークの改訂に対応した 2016 年の“Fraud Risk Management Guide”『COSO 不正リスク管理ガイド』(日本公認会計士協会出版局、2017 年)(図 6) が作成されたのです。
著作・出版を通して、これまでもご貢献いただいた藤沼先生をお迎えできて、不正と闘っていく我々にとっては百人力です。
ありがとうございました。最後に藤沼先生にお伺いします。理事長へのご就任にあたっての抱負、そして、ACFE JAPAN が取り組むべき課題についてのメッセージをいただけますか。
理事長への就任は、これまでの評議員としての立場より、さらに踏み込んだ活動をしていける機会になるということで非常に嬉しく思っています。
まず、公認会計士だけでなく、弁護士、あるいは企業内の公認不正検査士を増やしていきたいですね。現状の会員数 (1,700人) を考えると、まだまだ増やす余地はあると思います。積極的な広報活動により、CFE の役割やその専門性を広く理解してもらって、是非とも企業内での有資格者を増やしていきたいと思います。
金融機関の社外役員を務めた経験から申しますと、金融機関には検査部と内部監査部があり、検査部は、例えば、ルール違反の営業をしていないか、従業員の横領がないかなどを直接検査する役割を担っています。つまり、問題発見のフロントに位置する部署だと思います。一方、内部監査部は、一般に金融機関の内部統制上の問題を担当します。ですから、金融機関には CFE の資格は抵抗感なく受け入れられるのではないかと思っています。
日本の製造業で起きている品質管理上の問題やそれに関わるデータの偽造問題などは、第一に現場と経営トップとの意思疎通の問題、つまり内部統制の基本要素である「情報と伝達」に問題があるように思います。
社外役員をやって気が付いたのですが、日本の製造業の現場では、一般に製品を作る高度な技術がそれぞれ個人のノウハウや知識として存在していますが、きちっと文書化されていない場合が多々あるように思います。一般に、海外では顧客との関係は契約書が全てであり、契約に書かれたもの以上の品質もそれ以下の品質もないということで標準化されています。こういった点は日本も変えていく必要があるのではないでしょうか。今後は CFE が活躍する場が多いと思います。
ACFE JAPAN 事務局に対する期待としては、積極的な広報活動をしてほしい。ホームページを通じた情報提供を含め、今回のような対談の機会の活用や、会員以外の方々に対する ACFE JAPAN カンファレンスへの参加の促進などによって、できるだけ公認不正検査士協会の存在感を広めていく必要があると思います。
本日は誠にありがとうございました。