労災補償を使った不正
(WORKERS COMPENSATION FRAUD)
労災補償関連法規では、業務中に負った負傷については、雇用主または雇用主が加入している保険により、誰に非があるかにかかわらず、また、過失を決定する法的手続きが遅滞することなく、従業員(または従業員の代理人)に対して補償が支払われることが求められる。負傷とは、手足の骨折などの身体的なものと、ストレスなどの精神的なものがある。
通常、保険料不正、代理店による不正、請求者による不正、および組織による不正の4種類に分類される。
保険料不正(PREMIUM FRAUD)
労災保険料を低く抑えるため、事業主が保険業者に対して虚偽の情報を伝える。
▽従業員の分類(EMPLOYEE CLASSIFICATION)
労災保険料率は、従業員の業務の分類により異なる。事故が起きるリスクの高い業務に従事する従業員ほど、保険料率も高くなる。たとえば、事務職員はトラック運転手や建設作業員などより傷害を受ける確率が低いため、保険料も当然、より低くなる。そのため、保険料率を低く抑えることを目的に、事業主は従業員の業務分類を意図的に誤ることがある。
▽給与の過少申告(UNDERSTATEMENT OF PAYROLL)
特定の仕事分類に対する保険料は、その分類業務の総給与額を基礎として決まる。事業主は、より高リスクに分類される給与額を過少申告する恐れがある。
▽被保険事業の所在地(Geographic location of the insureds operation)
保険料率は、被保険事業が所在する州によってかなりの差があるため、事業主が店舗の場所や私書箱を労災保険料率の低い州におく可能性がある。多くの州に事業所を持つ事業主は、従業員全員が最も保険料率の低い州で働いているものと記載するかもしれない。
▽過去の損害の履歴(History of past losses)
修正係数である「mod」係数(料率修正要素)は、保険料率を決定するのに利用される乗数である。乗数は、同じ業界における当該事業主の請求履歴と他の事業主の請求履歴とを比較することにより得られる。請求総額が多いほど、mod要素も高くなるため、保険料も高くなる。新規事業は、当該業種における中間的な「mod」からスタートする。mod要素が高い事業主は、「mod」が確立されていない「新規事業」と申告することで、本来の保険料率より低い料率が適用される。
▽法人による改ざん行為(Corporate Gerrymandering)
事業主に割り当てられたリスクプールは、過去の請求履歴を問わず、どのような業種の事業も受け入れるが、保険料を払ってこなかった事業主を受け入れる必要はない。事業主によっては、労災保険に加入できるようにするため、あるいは過去の多額な請求に起因する高率な保険料率が適用されるのを避けるため、新しい法人を設立することもあり得る。
▽偽造書類(Forged Documents)
事業主のなかには、補償範囲を示す前契約の証明書を偽造または改ざんして、すでに完了した仕事に対する支払いの回収や当局に対する加入証明とする者もいる。
代理店による不正(AGENT FRAUD)
▽保険料の着服(POCKETING PREMIUMS)
代理店は、顧客に保険の加入証明書を発行するが、保険料を保険会社に送金しない。
▽保険料を減らすための共謀(CONSPIRING TO REDUCE PREMIUMS)
代理店は、顧客により低い保険料を提示できるよう、事業主が記入した保険申込書を改ざんする可能性がある。
代理店は、保険申込書の記入方法について、事業主に不適切な助言をする恐れもある。
さらに代理店は、事故歴による保険料率の調整を回避するために、一部の従業員をより低いリスク分類に移すよう助言することも考えられる。
事業主は、こういったやり方が法律に違反することを認識していないかもしれないが、申請書に署名している以上、たとえ知らずに署名した場合でも、この犯罪に加担した責任を問われる可能性がある。
請求者による不正(CLAIMANT FRAUD)
傷害の状況に関して虚偽の陳述を行う、あるいは傷害事件をねつ造する。
▽傷害をめぐる不正(INJURY FRAUD)
この種の不正行為では、負傷した従業員に関する虚偽の情報が労災保険会社に提出される。事故報告の提出書類のなかで、傷害の程度の説明、および従業員に高度あるいは軽度の後遺症があり、まったく就労ができないか、あるいは制限されるなどが報告される。この手口の多くの場合、医者が報酬目当てに、偽の治療とともに虚偽の診断や虚偽の医療記録を提供するなど、不正に手を貸すケースが多い。
従業員は、傷害事故をでっちあげたり、受傷を偽装したり、あるいは実際に事故にあうものの、傷害の程度を誇張したりする可能性がある。
▽従たる勤務(Secondary employment)
労災給付を受けている従業員のなかには、他の職場でも勤務(パートタイムかフルタイムかは問わない)している者もいる。そのような従業員は、自分の身元を偽るか他人を装うかして給付を受ける。
組織的な不正(ORGANIZED FRAUD)
組織的な不正行為は、弁護士、キャッパー(capper)、医者、請求者が協力して行う。この犯罪手口は、労災の事例だけでなく、他の医療不正(自動車事故による傷害など)の事例でも利用される。
▽弁護士(The lawyer)
弁護士は通常、この犯罪手口のまとめ役で、最も利益を得る。労災事件の大部分は、成功報酬ベースで請け負われる。保険金の支払いが認められなければ、報酬は支払われない。労災事件は大がかりな犯罪で、弁護士は事件が訴訟になることを嫌う。保険会社ができるだけ早い解決を望むことをあてにしている。
弁護士は、保険会社からの保険金の多額の支払いを約束することにより、自分に仕事を依頼するよう請求者をそそのかす。保険金請求者は医療検査を受ける、受けないにかかわらず、保険金請求者になりえる唯一の条件は、被保険者であるということだけなのである。弁護士は形ばかりの「治療」のために、医者に負傷者を差し向ける。
▽キャッパー(The Capper)
キャッパーはランナーの名でも知られ、この犯罪の対象となる患者候補を探すために利用される。キャッパーは弁護士か医者に雇われ、患者を連れてくると総収入の一定割合、あるいは患者1人当たりの一定額を基礎として報酬が支払われる。報酬額は地域により異なり、患者1人につきわずか150ドルのところから1,500ドルのところまである。キャッパーは、失業手当給付金の申請のために並ぶ列、職場、事故現場、または他のあらゆる組織の集まりの場で患者候補者に近づく。患者候補者は、金儲けを期待してこの犯罪に参加する。
▽医者(The doctor)
医者は、この犯罪のまとめ役または実行役を果たすが、この犯罪が成功するために医者の関与は欠かせない。医者によってこの犯罪に信憑性が加わり、その働きに対して十分な報酬が支払われる。医者は、実際に犯罪に貢献したかどうかにかかわらず、また犯罪に貢献する必要がなかった場合でも、医者としての役割に対する報酬を請求する。さらに、患者が通常の健康保険に加入している場合、医者は自分の役割に対して2倍の請求をすることもある。患者が業務中の自動車事故の結果傷害を被った場合は、医者によって、労災保険会社、その患者の健康保険、および自動車保険会社の3者すべてに請求が出される可能性がある。
多くの保険契約における重複保険の取扱規定により、保険会社同士は、支払最大額が傷害の100%となる範囲で給付を調整する。しかし、医者は患者の健康保険会社に対して、傷害が業務関連か事故関連かを知らせようとしないため、保険金の支払請求額は両方につき補償額の100%支払われて、過払いとなる恐れがある。
患者が受ける治療の多くは、外来診察、レントゲン、血液検査、理学療法、および脊椎整復術である。病院の従業員が犯罪に加担して、医療施設が不正に使用されることもある。
ACFE「不正検査士マニュアル(Fraud Examiners Manual)」日本語版 改訂版より引用、改作。