移民たちの銀行口座の記録には、きわめて異常なパターンが現れていた。移民たちは誰も当座預金口座を持っていなかったが、全員が預金を持っていた。彼らの預金がなけなしの稼ぎから捻出されていたことは明らかだった。われわれは預金の引き出し状況から重大な発見をした。どの移民もそれぞれ判で押したように10,000ドルを引き出していた。しかもそれらの引き出しはいずれも、クレッグメイアがグリーンカード発行を承認する1週間ほど前に行われていた。これが何を意味するかは明らかだ。移民たちは間違いなくイーを通して、クレッグメイアにカネを支払っていた。彼らが支払う金額にイーがいくらか上乗せしていたかどうかはわからなかった。仮にイーが足していたとしても、彼の銀行口座明細からはわからなかった。
私はジュリアーニにこの情報を伝えるため、興奮しながら打ち合わせを設定した。彼の狭苦しいオフィスに行くと、ジュリアーニはクリアンスキーにも来るように電話をかけた。ジュリアーニの机の上にはたくさんの書類が広がっており、ほかの事件で苛立っていた様子が見て取れた。それにもかかわらず彼は、私が発見した情報を注意深く聞いてくれた。私が話している間、ジュリアーニは指を組んで顎の下に当てていた。
私が話し終えてもジュリアーニは黙っていた。そしてクリアンスキーの顔を見たが何も言わなかった。彼らは微かにうなずき合った。そして私に目を移し、クリアンスキーが言った。「ジョー、よくやった。君は手を尽くしたよ。クレッグメイアがイーから賄賂を受け取っているという君の見立てにわれわれも同じ意見だ。だが君は、イーがクレッグメイアに手渡したカネをクレッグメイアのポケットから確認できない限り、何の証拠も持っていない。それはわかっているはずだ」
私はジュリアーニを見つめた。当時の彼はまだ髪の毛が豊かだったが、それがいつまでも続かなかったことは知っての通りだ。ジュリアーニはいつもおいしい食事にこだわっているようだった。私はあれこれ考えながら自問自答していた。ジュリアーニは1着の青いスーツと1枚の白いシャツしか持っていないのだろうか、それとも同じ物をたくさん持っているのだろうか。私は、別のスーツとシャツを着ている彼を見たことがなかった。彼が沈黙を破った。
「ジョー、私もエドに賛成だ。君はこの事件に精一杯取り組んできた。その結果、イーにさらに圧力をかける手立てを見つけたかも知れない。確かに彼はカギだ。しかしもしこれでうまくいかなければ、この事件は見送りだということを忠告しておきたい」 彼は慎重に言葉を重ねた。
オフィスから通りに出ると、真昼の強い陽射しがダウンタウンに降り注いでいた。私はまるで胸を蹴られたような思いでゆっくりとアップタウンに向かって歩き始めた。気持を落ち着かせて、これからどうすれば良いのかを考えるには打ってつけだった。歩きながら気を取り直した。
NYOに到着した頃にはだいぶ落ち着いていた。そしてある計画を練っていた。ジュリアーニとクリアンスキーが示唆したように、イーに揺さぶりをかけることだった。私はまさにそれを実行するつもりだった。イーに電話をして面会を求めたところ、彼の弁護士はイーが面会に応じるつもりはないと言った。
そこで私は数日後、イーが今どこにいるのかを把握するため数ヶ所に電話をかけた。イーはミッドタウンにある彼の経営する店の一つにいた。私は、用意していた重要な書類を持ってイーのところに出掛けた。私を見てイーは不意をつかれたようだった。彼は私の訪問を歓迎していなかった。私はイーの小じんまりした事務所で内密に話したいと頼んだ。「イーさん」と私は切り出した。「クレッグメイア氏の一件であなたが連邦大陪審で偽証したことはわかっている」。イーはそれに対して何も言わなかった。「あなたの偽証をわれわれが明らかにすれば、あなたは拘留されることになる」。イーはなおも黙っていた。「しかしわれわれはあなたを追及しているのではない。狙いはクレッグメイアだ。もしあなたが協力してくれるなら、拘留されないよう当局に要請するつもりだ」。やはりイーは何も言わなかった。「あなたの店の従業員たちがグリーンカード取得のためにあなたを通してハーマンに賄賂を払っていたことはわかっている。それはきわめて重罪だ。われわれがこの犯罪を立証すれば全員が国外退去になるだろう。そんな事態をあなたは望まないはずだ。彼らも中国本土に安心して戻れるわけでなく、拘留あるいは処刑される恐れさえある。私を信じてほしい。私はたとえあなたの協力があってもなくても、この事件を立証するつもりだ」
私ははったりをかけていた。「イーさん、あなたが協力してくれれば事件の立証はもっと容易になるし、あなたは拘留を免れるかもしれないという利点がある」。ここで私はFBI職員には訴追免除を決める権限がなく、それができるのは裁判官だけであることを説明した。
「裁判官はこちらの要請を受け入れる可能性が高いし、あなたが事実を話してくれれば、あなたのために訴追免除を要請する」
イーはしばらくの間、何も言わなかった、私が言ったことをイーはよくわかったはずだと考え、私も黙っていた。
やがて彼が片言の英語で言った。「私は友人を裏切らない」
「スタンレー」と私はたたみ掛けた。「これはあなたが拘留を免れる可能性をもたらすし、それによってあなたのレストランを救うことにもなる」
イーは首を振って再び言った。「私は友人を裏切らない」
「イーさん、あなたはクレッグメイア氏をかばって拘置されてもよいというのか」。私は聞いた。
「そうだ」。彼はためらわずに答えた。「私は友人を裏切らない」
私は少し考えてから、大陪審でのクレッグメイアの供述という奥の手を持ち出した。ジュリアーニやクリアンスキーが決して賛同しないはずの手法である。大陪審での証言には守秘義務が課せられ法律上は漏らしてはならないが、まれに検事自ら漏らす例もあった。
「イーさん、友人のクレッグメイアはなぜ大陪審でこんな証言をしたのでしょうか」。クレッグメイアは証言の中でイーからカネをもらったことを否定した。しかし、ほかのINS規則違反についてはイーの行為を非難した。イーの英語レベルは話すより読むほうがはるかに上だった。彼は、私が印をつけておいた部分をじっくり読んでから最初のページを注意深く読んだ。その供述調書が大陪審での証言内容を正確に記載したものであることを確認しているようだった。
私は待ちきれなくなって、「これがあなたの“友人”ですか」と言った。「こんな人物を“友人”と思うなんて、あなたは敵を作らないというわけですか」
イーは黙ったまま供述調書を私に返した。彼が動揺していたことは彼の顔から見てとれた。彼は言った。「これ以上、言うことはない」
私は帰ったが、いずれ彼から連絡があるという感触を持っていた。1週間ほど後になって私はイーの弁護士から連絡を受けた。彼が、検事と私に会いたがっているという。私は会合をアレンジした。イーの弁護士とクリアンスキーとジュリアーニ、そして私が部屋に集まった。私はそれまで司法取引に携わったことがなかったため、こういう場面は新しい経験だった。一方、イーの弁護士は私の数倍も多く経験を積んでいたことがすぐにわかった。
イーの弁護士は言った。「仮に、私の依頼人がクレッグメイア氏を銀の皿に乗せてあなたがたに差し出したとして、イー氏のためにあなたがたはどんな見返りを用意できるのか」
クリアンスキーは答えた。「仮に、あなたの依頼人がそうしたら、おそらく裁判所は彼の贈賄罪について訴追免除する可能性がある。加えて大陪審での偽証の追及も見送ることになるだろう」
私は、2人の会話が“仮定の話”で行われていることを怪訝に思っていた。後に私は、仮定の話を用いたその手法が、弁護士たちが互いの出方を見きわめるために用いる手練手管だったことを学んだ。
幸いなことにイーの弁護士はクリアンスキーとジュリアーニの前で、私が大陪審での証言を漏らしたことには触れなかった。弁護士が帰った後、ジュリアーニは私に尋ねた。「どうやってイーの気持ちを変えたのだ?」
「ええ、私は彼をやりこめたわけでも脅したわけでもありません」
「それならどうやったのだ」。エドが聞いた。
「あなたがたが聞きたくない方法です」と私は答えた。
ジュリアーニとクリアンスキーの眉が同時に動いた。しかし彼らはもう何も聞かなかった。
イーが再び、ようやく大陪審に出廷したとき、私は検察官からの連絡でイーとクレッグメイアの共謀が完全に明らかになったことを教えられた。イーはクレッグメイアのカネの保管場所まで知っていた。クレッグメイア自身の名義でテルアビブの銀行に開設した預金口座だった。イスラエルでは米国銀行機密法が適用されていなかったため、クレッグメイアが25万ドル以上もの残高がある口座を確かに持っていたことは、両国の政府機関担当者を通じて確認した。これだけの金額は公務員の給与で蓄えられる額ではない。彼は銀行窓口に行って預金するまでの間、マットレスの下に現金を隠していたのかも知れない。
その後、大陪審はクレッグメイアを起訴した。審理に先立ち、クレッグメイアは人知れず連邦裁判所に出向いて収賄の罪状を認めた。彼は不正によって得たカネの全額を引き渡すよう要求され、数年の実刑が科せられた。事件は終わった。
私は正義が通ったことを誇りに思ってはいたが、同時に大陪審の供述を漏洩したことに後ろめたさを感じていた。それは私自身の小さな不正だった。この体験は私が、禁を犯すことなく揺さぶりをかける方法を体得しようと誓った価値ある経験だった。ルールに則った行動でなければ勝利には値しない。そして私はこの一件では、勝ったとは言えなかった。