人身売買の犠牲になる人々の多くは最貧国出身者であり、イラクやアフガニスタンの軍事基地で非熟練労働者として働いている。一般的にはThird Country Nationals (TCNs)と言われる人々であり、インド、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、スリランカおよびフィリピン出身者である。彼らは、軍関係者が言うところの基地補助業務に従事している2。この数はイラクへの米軍派兵最盛期には、10万人以上にも上った。駐留部隊の縮小に伴い、現在TCNsは62,295人ほどである。
2007年3月20日付米国務省監察官報告によれば、軍がバグダッドの米国大使館建設のために用いている下請業者の労働者のうち何人かは、詐欺的雇用の犠牲者だった。労働者の殆どは、1年分の給料に相当するリクルート手数料を支払っていた。この手数料はおおむね2千ドルから3千ドルである。更に我々のコンサルタントによる集中インタビューによると、調査対象のイラク基地補助業務に従事するおよそ700名の労働者全ての給料は、職業斡旋業者に支払われていた。これは米国人身売買規制法に抵触すると同時に、彼らが雇われたそれぞれの国の法律にも違反する。TCNsを雇い入れる現地下請業者のマネジャーにインタビューしたところ、イラクにおいて年間離職率はおよそ20パーセントであった。我々の調査結果にこの離職率を掛け合わせると、イラクにおいて国防省の下請・孫請会社は、25万人以上の労働者を犠牲にしていることになる。この数字は他の団体、例えば米国国際開発局のように補助業務のためにTCNs労働者を雇用しているところは含まれていない。斡旋業者による不法コミッション額を控えめに見積もっても、以下の不正による金額的影響が推定できる:
我々の調査によれば、理不尽な斡旋業者は下請業者に不法コミッションの50%を支払っている。この図式において、斡旋業者は3億千2百万ドルを下請業者に支払っていたことになる。
もし、政府関連の契約での人身売買に共通の特徴があるとすれば、需要と供給の原理だろう。この原理は人身売買の犠牲者を縛り、下請業者を当該手口に慣れた斡旋業者に結び付ける。この市場では、仕事より応募者の数がはるかに上回っている。同様に、米国政府の下請業者の需要をはるかに上回る斡旋業者も存在している。理不尽な斡旋業者(もしくは人身売買業者)がいくら請求するか、被雇用候補者がいくら支払うかは、需要と供給の競争原理に従う。
人身売買業者は、地域や文化は異なっても以下のような同様の手口を用いる:
- 労働者に対して過大な報酬を約束する
- 仕事の条件を不正確に伝える
- 不法なリクルート手数料を請求・回収する
以上は別々のもののように見えるが、それぞれに関連がある。
人身売買業者の目的は、労働者から最大限の金を搾取することだ。我々の調査によれば、人身売買業者は月収500ドルから1,000ドルの仕事を約束することもまれではない。このような約束は見返りとして、一人当たり2,500ドルから5,000ドルのリクルート手数料を求めていた。応募者は大抵5カ月から6カ月で返済できると信じる。しかしこれは下請業者と労働者間に年季強制労働関係を作ることを意味した。
通常、労働者は不法なリクルート手数料を払わされ、仕事のある町へ移送されるまで書面で契約書を渡されることは無い。我々の調査の結果、イラク、アフガニスタンまたはクウェートに着いて、労働者は実際の賃金が月当たり150ドルから250ドルであることに気付く。従って、平均的な労働者は人身売買業者への不法な手数料を返済するために1年以上かかる。
人身売買業者が仕事の場所について嘘をついた場合、状況はより酷くなる。他の不法労働取引に比べて少ないものの、これは一定の割合で起きている。我々が発見したTCNs出身者の一例がある。彼らは斡旋業者にアラブ首長国連邦で働かないかと持ちかけられ、ドバイ行チャーター機の半券を渡されたものの、着陸したところはイラクだった。下請業者はパスポートを取り上げ、彼らは契約期間が満了するまで戦闘地域で働かされた。本件に関係した米国人マネジャーによる証言である。更に恐ろしいケースがある。斡旋業者が12人のネパール人にヨルダンの高級ホテルで働かないかと持ちかけた。しかし、一般的な犯罪手口に従って、この業者は労働者たちのパスポートを差し押さえ、KRB社(米国軍需産業?)の下請であるヨルダンのDaoud & Partner社に引き渡すために、イラク基地に彼らを送り込んだ。基地へ向かう車がイラクのテロリストに阻まれ、一人は首をはねられ、残りの11人は処刑された。この犯罪はビデオ録画され、YouTubeに配信された。遺族の弁護士はのちに訴訟を起こし、補償を得た。(参照:Adhikar, et al v. Daoud & Partners, et al, SD/TX, Case 4:2009cv01237.)
行為の隠蔽 (CONCEALMENT OF CONDUCT)
このような調査に対する下請業者の最も一般的な反応は、被害者とされている者たちを本国に送還することだ。あるケースでは、一次下請業者は二次業者に対して、現場の補助コンプライアンス担当者が直接一次業者のコンプライアンス担当者に報告するよう、命じていた。数週間の実質的なトレーニングの後、補助コンプライアンス担当者はイラク北部の現場に着任するよう指示を受けた。実際、その担当者は空港まで連れて行かれ、そこでイラクでの労働ビザは無効とされ、本国への片道航空券を渡された。その担当者は疑惑に関する唯一の証人だった。もし彼が消息を絶った場合、発覚のリスクも無くなるわけだ。
ある下請業者の担当者は、犯罪を隠蔽しかつ単純で有効な方法により利益を着服することができた。彼は試用期間が満了する前に、労働者を解雇した。この方法により彼は多くの人身売買に対する目撃者を排除し、かつ不正報告を思いとどまらせる委縮効果を維持することが出来た。そして更に大きな人身売買に対する需要を生み出し、彼の不法収入は膨らんでいった。
人身売買の阻止 (STOPPING TRAFFIC)
告発のための明白な方法は、人身売買犯罪に係る米国法を用いることだろう(参照:22 U.S.C. section7104, “Traffic Victims Protection” and Public Law 106-386, “Victims of Trafficking and Violence Protection Act of 2000.”) しかしこれらの法律は下請業者による人身売買のケースに用いられたことはまだない。
ある行為が明らかに上記の法律に抵触していても、より確立した法律である「1986年反キックバック法(the Anti-Kickback Act of 1986)」3が用いられている。
当該法における不法行為は下記のとおり:
- いかなるキックバックを提供する、提供を試みる、もしくは提供を申し入れること
- いかなるキックバックを勧誘、受領もしくは受領しようとすること
- キックバック相当額を政府との契約額に直接、間接を問わず含めること(参照:41 U.S.C. Section 53)
当該法はキックバックを「現金、手数料、コミッション、与信、謝礼、および直接、間接を問わず、主たる下請業者もしくはその従業員に、関連契約において不適切に有利な取り扱いの誘因目的で提供されるあらゆる種類の報酬を指す。(参照:Id. Section 52(2).)
どのようなキックバックのコストも政府の負担となると思われる。
同法の民事条項は、違法性のあるいかなるキックバックについても倍額返済を認めている。また、一次もしくは二次下請業者にも本罰則責任があるとしている。4
前述のとおり、人身売買業者は彼らのサービスを使ってもらう見返りに、一次もしくは二次下請業者と取り分を分け合っている。結果として、人身売買業者は下請業者に労働者一人当たり1,250ドルから2,500ドルを一般的に支払っている。 泥棒達の間には正義はない。この場合、信頼は問題外である。なぜなら、人身売買業者は労働者が紛争地帯に到着したところで取り分を確認出来るからだ。
調査プロセス (INVESTIGATIVE PROCESS)
調査プロセスの最初のステップは、下請業者と斡旋業者間の契約書のコピーを入手することだ。次のステップは、斡旋業者が当該国において免許を取得しているか確認することである。(我々は雇用を最も頻繁に行う国の免許発行当局を把握している。要望に応じて資料を提供できる。)もし当該下請業者が雇用サービスに関する書面契約を保持していないならば、それは危険の兆候である。(ある原告は下請業者の経営陣の一人が斡旋業者のオーナーであると主張している。)
雇用契約のコピーの入手に関わらず、下請業者側の契約当事者を追及すべきだ。多くの場合、このやり方で標的をあぶり出せるだろう。度々、下請側担当者は斡旋業者と契約の詳細打ち合わせのため、当該国に出張する。この業者の会計・旅費記録は追加的な証跡となる。
次に現在と過去の雇用者リストを探し出すべきだ。これは証人リストになる。ことが露見することを恐れ、かつ意思疎通全体をコントロールしたいとする下請業者は、間違いなく通訳の協力を申し出るだろう。これはきっぱりと拒絶しなければならない。
証人となる現在の労働者と、会社の監視を排除して個別に面談すること。証人全ての詳細なリストを維持管理すること。そして調査官の事前承認無しに、証人リストにある労働者が解雇もしくは本国に送還されてはならないと下請業者に通告すること。これらが重要である。
この手口では後ろめたい連中は往々にして、彼らの非アメリカ国籍が身を守ると高を括っている。一般的な誤解は、戦場や紛争地域における人身売買に係る法律に縛られるのは、米国司法権の対象となるアメリカ国籍者に限るというものだ。これは間違っている。実体として米国に滞在する者は全て米国司法権の下にある。従って、調査線上に上がってきた人物は国籍を問わず対象となる。
不法行為を働く下請業者の関係者は米国籍を持たなくとも、米国司法権の対象である。米国に滞在していることで条件は揃う。更に1986年反キックバック法を適用すると、一次下請業者は二次業者の行為に対しても責任を追求されうる。米軍基地で補助業務を請け負う全ての一次下請業者は米国企業だ。従って、本報告で取り扱っている古典的な手口が実行されれば、それぞれのケースにおいて反キックバック法の対象になる。
もう一つ重要なことは、1986年反キックバック法には刑事・民事規定の両方があることだ。政府や個人当事者もしくは親会社の代わりに訴訟を睨んで調査を行う場合、業者はその代理人の行為に対しても責任を負う可能性があることに注意が必要だ。この責任は軍基地サービスを提供する下請業者にとって重大である。例えば、ある業者が不法行為が行われた期間において、1,000人の労働者を雇用していたとする。この不法行為により一人当たり平均2,000ドルのキックバックを受け取っていた場合、総額は20百万ドルにのぼる。民事規定は、倍額の損害賠償を求める。つまり、一企業あたり40百万ドル相当になる。従って、理不尽な業者は、証言者へのインタビューや潜在的な責任が暴露するようなことには、非協力的になるのが普通だ。
最後の砦は連邦調達規則だ(Federal Acquisition Regulations(FAR))。これは政府は「責任のある」業者とのみ取引が出来ることを規定する5。FAR22.1704条は、人身売買は政府との取引を中止するための訴訟の根拠となる。差し止め自体は起訴を必要としない。むしろ差し止めは刑事訴追の必要性有無に関わらず、調査官の収集した証跡をベースにすることができる。従って、調査官の報告書はどの段階でも、会社もしくは個人が今後政府の仕事を請け負うことを阻止出来る。
FARはまた既存契約を終結させることにも役立つ6。証拠能力の高い事実を必要とする刑事や民事訴訟のケースと異なり、政府のために差し止め請求をする担当官は、不法行為が起こりえたことを示せばよい。どのような証拠もしくは情報も評価において考慮されうる。証拠能力を示すための連邦規則に従う必要はない。
同情だけでは不十分 (SYMPATHY IS NOT ENOUGH)
戦場における人身売買の不法行為や経済損失について多くを書くことは出来る。我々はイラクやアフガニスタンの下請業者によって、家、蓄え、尊厳そして自由を搾取された人たちから証言を得てきた。この報告の冒頭に示したものと同様の別のケースがある。その男性は人身売買の結果多額の借金を抱え、インドの村に戻っても業者に支払った金を高利貸しに返すことが出来なかった。彼は借金のかたに娘を高利貸しに渡すことに耐えられず、自ら首を括った。
勿論これらの話はどのような鈍感な心にも、同情を呼び起こすだろう。しかし、同情だけでは不十分だ。司法当局者、企業のコンプライアンス担当役員、不正検査士、そして下請契約関係者全てにとって、この悪弊にストップをかける唯一の方法は断固たる行動をとることだ。
現行の法律に対する重大な違反が日常的に行われていることは、否定できない事実である。これらの違反行為に対して、契約上の縛りがないのが現状だ。このような事態が続くことを看過することは、法令順守を旨とするアメリカ人の国民性に対する侮辱でもある。
シンドゥ・P・カビナマニル(Sindhu P. Kavinnamannil、CFE)
ワシントンDCに所在するコンプライアンス・コンサルティング・サービス社の創業者兼CEO。彼女は人身売買を含む案件につき、多国籍企業に対してコンプライアンス・プログラムの設計および調査を専門とする。
サム・W・マカホン(Sam W. McCahon、J.D., LLM)
ワシントンDC在住の弁護士。彼は米国政府契約に関する法律、購買不正、人身売買等を専門とする。イラク、クウェート、サウジアラビアを含む中東での数年間の駐在経験を有する。
コラム
人身売買の定義
(HUMAN TRAFFICKING DEFINED)
人身売買被害者保護法(The Traffic Victims Protection Act of 2000)は、重大な事例を以下のように定義している:
- 力、不正、もしくは強制により売春目的に行うもの。また18歳未満のものに同様の行為を行うもの。
- 隷属、借金による拘束、奴隷化等により労働者を雇用、隠匿、輸送、提供もしくは獲得すること。この定義に該当するためには、被害者の物理的移動は必要としない。
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