通常、販売業者は商品を発送して30~60日後、ハシ社に注文品の代金を支払う。そして、最終の買い手は後日、販売業者に支払いを行うのである。そのため販売業者は、支払いのタイム・ラグにより金銭的負担を負うことになった。
ハシ社は長年にわたって売上をのばし、重要な日本のハイテク企業の子会社であるイチ社(ICHI-CO)などの販売業者との間で巨額の売上を記録していた。この成功はハシ社の代表取締役「サトウ氏」によるところが大きい。サトウ氏が販売戦略の指揮をとり、事業は予想を大きく上回る成長を遂げた。
サトウ氏は毎月、米国本社のマネージャーに業務内容を報告していた。売掛金が延滞(180日以上)することはほとんどなく、支払いの大部分は現金による受取りであった(不良債権はほとんど発生していない)。イチ社は事業規模が大きく、日本での評判も良好で、強固な顧客基盤を持つ点が決め手となって販売業者に選ばれた。そのため、同社の販売数や売上高は議題として十分に検討されなかった。
また、サトウ氏とイチ社社長は古くから親しい関係にあり、日本市場開拓の貴重な足がかりになると考えられた。日本が「リスクの低い」市場であると認知されていたこともあり(世界各国の汚職を監視する非政府組織トランスペアレンシー・インターナショナルが発表した2009年版「汚職指数」で、日本は17位にランクされている)、米国本社のマネージャーは、ハシ社の日本国内の業績に懸念材料はないと考えていた。
ところが、2009年前半、状況が変わった。全般的な景気後退のさなか、ハシ社の売掛金滞納が目立つようになったのだ。しかし、事態をより深刻なものにしたのは、その後、イチ社に浮かんだいくつかの疑惑である。イチ社の主張によれば、サトウ氏は別の取引業者のオミズ社(OMIZU-CO)とも共謀していたとされる。オミズ社は取引の別の仲介役を務めることが多く、イチ社への支払いを保証する条件でイチ社に再販取引を行うよう誘っていた。新興の零細企業であるオミズ社は信用各付けも低く、サトウ氏は、オミズ社がイチ社に負う負債をハシ社が保証するよう仕向けていた。2009年前半、融資条件が全般的に厳しくなり、オミズ社のイチ社への支払いが滞るようになってきた。イチ社は、ハシ社から支払保証を受けていたので、支払いを立替えていたと主張した。そのため、イチ社は、ハシ社にその分の支払い義務があると考えていた。
こういった主張を踏まえ、米国本社はフォレンジックアカウンタントを指定し、総勘定元帳、銀行勘定照合表、在庫記録等の取引文書を分析し、イチ社の主張の正当性を判断した。ところがそれと時を同じくして、サトウ氏は辞任し、捜査への協力を拒否した。
明らかになったこと (WHAT WAS DISCOVERED)
数ヶ月に及ぶ情報収集の末、フォレンジックアカウンタントは、健全だとされたハシ社の事業経営が架空の循環取引によるものだ、と結論付けた。
企業間の書類上だけで売買が行われ、実際の商品の受け渡しは行われていなかったことが調査によって明らかとなった。ハシ社は商品の最初の売り手であり最終の買い手でもあることから、この取引は循環取引であると解釈された。フォレンジックアカウンタントは、会社間で取引されたとされる商品が大量に保管された倉庫を発見した。イチ社とオミズ社は一連の取引の仲介役を務め、それぞれ1と2の支払いを行っていたが、実際の商品の移動はなかった。
一連の循環取引の関連文書は同日に作成されていたが、受渡期日(該当支払期日も同様)までには1~2ヶ月の開きがあった。
こういった収益とバランスシート上の数字(売掛金)を水増しする不正取引の手口で、イチ社とオミズ社は利益を得ていた。また、両社はそれぞれの「転売」により小額の利益マージンも得ていた。
ハシ社はバランスシートの水増しで利益を得たが、同時に代償も払うことになった。ハシ社がオミズ社に支払う金額は、イチ社とオミズ社両社が回収したマージンも含んでおり、それぞれの取引で損失を被った。サトウ氏は数回にわたる架空の循環取引でハシ社の収益を水増しするうちに、過去の取引にあてる資金を確保するため、さらに循環取引を重ねるという悪循環に陥っていたと考えられる。
日本で循環取引が蔓延するのはなぜか?
(WHY ARE THESE SCHEMES SO PREVALENT IN JAPAN?)
循環取引の事例の多くは、決して表に出ることがない。これは、日本の商事紛争では、訴訟に持ち込まず、穏便な解決を望むケースが多いためである。しかし、上場企業による巨額な資金が絡む場合、検察官やマスコミの注目を集めることになる。(日本メディアによる最新事例2件に関して補足記事を参照。)
私たちの経験から言えば、日本固有の複数要素が重なり、循環取引を助長する環境が生まれていると考えられる。
- 中小の商社は一般的に、短期融資を必要とする場合、大手の取引相手に支援を求める。日本の金融関連法では一定の条件の下、商社が認可なしで融資することを認めている。こうした取引は、物品売買取引として報告され、日本の特殊なビジネス環境を作り上げている。循環取引は合法であるどころか、非上場企業間では一般的な商慣行とされている。(日本の上場企業の場合、金融商品取引法の規制によって財務諸表の虚偽記載が疑われれば、会社とその経営陣に罰則が課されることがある。)
- 日本の企業文化が、取引相手の上層部の間で協力関係を深めている。その結果、取引相手から融資の支援を求められると断れないことも多い。
- 他国と比べ、通常の事業取引は相互の信頼に基づいて行われることが多い。循環取引で、取引実体を示す文書記録がほとんど、場合によっては全く残されていないことも多い。
- 日本の会社法人組織(株式会社、K.K.とも呼ぶ)は全て、会社のトップである代表取締役を設置する必要がある。代表取締役は契約により会社を拘束する権限を持つ。そのため通常、取引相手側が契約締結の権限を証明するものを求めてくることはない。これにより、子会社の代表取締役は親会社から承認を受けずに、容易に取引を行うことができる。
- 商事紛争において、循環取引の妥当性の判断は、裁判所が単独で行う。つまり、裁判所は各売買契約の妥当性と、次に挙げるようなより広範な問題を考慮する必要性があるかを判断する。
- 取引の経済性(今回の場合、取引によってハシ社が被った損失とイチ社とオミズ社が得た利益)
- 取引による財務面への影響(ハシ社とイチ社、オミズ社が収益とバランスシート上の数字を水増ししていたという事実)
- 虚偽表示、その他不正を示す兆候(取引文書に架空の最終の買い手が含まれている等)
裁判所の見解 (THE COURT’S MINDSET)
一般的に、循環取引は本来の目的にかかわらず資金調達でなく物品売却と見なされる。日本の裁判所では、一連の「商品売買」取引に関わった2社間で紛争に発展した場合、一般的な商慣行を考慮して当事者間の契約を審議する。ほとんどの場合、売り手(イチ社など)が契約に基づいた支払いを求めると、買い手(オミズ社など)は商品受取時の支払い義務、つまり同時履行を抗弁として主張する。しかし、仲介事業者は一連の取引の中で、実際の商品の受取や受渡がないためこのような抗弁はほとんど認められない。取引の同時履行の主張とは、本来の契約にない条件を求めており、裁判所は抗弁として成立しないと考えるのが一般的だ。このような状況では、契約上支払い義務の発生する損害賠償金は、売り手(イチ社)に支払われる可能性が高い。
日本の裁判所で、商品を循環させる取引手口が無効と判断されるのは、限られた状況の場合である。例えば、取引で売買されたはずの商品が存在しなかったり、取引文書中に記載された内容や数字が架空のものであったりした場合等である。
会計上の問題とその他の余波 (ACCOUNTING AND OTHER REPERCUSSIONS)
循環取引の手口が発見されると多くの場合、全当事者の会計上の問題や情報開示の問題が持ち上がる。
米国会計基準と国際会計基準いずれの基準でも、サトウ氏の循環取引が収益認識の要件を満たしていない。商品の受渡しが実際には行われていないのである。結果的に、ハシ社は米国会計基準に準拠して当年度と過去3年間の収益を修正することになった。子会社も売掛金や棚卸資産など、循環取引に掛かる他の様々な勘定項目を修正しなければならなかった。(「売却された」商品はオフバランスシート資産として処理され、秘密の倉庫に保管されていた)。
こういった修正はハシ社全体の業績に重大な意味を持つため、投資家への情報開示が求められた。また、ハシ社は内部統制体制の重大な欠陥を開示せざるをえなかった。広範囲の調査に多大なコストがかかった上、情報開示直後、米国のハシ社の株価は急落し、日本での市場評価も失墜した。
循環取引では、当事者の全てが収益増加による利益を得ることが一般的である。ところが、通常そのうちの1社が企業会計や情報開示の点で、割に合わない悪影響を受ける点は注目すべき点であり同時に興味深くもある。ハシ社は上記の余波を全て被ったが、イチ社はそれを免れた。イチ社は日本の大手企業下の子会社であり、企業としての重要度が低かったため、イチ社の親会社にとって不正のダメージは大きくなかった。イチ社の勘定項目に訂正と修正が施されているなら、イチ社の親会社にとってそれほど大きな問題にはならない。したがって一般に情報公開する必要もないのだ。
そしてハシ社とイチ社は支払い義務の発生する金額を巡って目下、係争中であるが、訴訟の内容は明らかにされていない。最初の告訴状を除き、日本では法廷書類が公的に入手できないためである。自社が不正に関与していたことを公に晒したくない限りは、ハシ社がイチ社の不正を公に追求することもなく、イチ社とその親会社が共謀して循環取引に加担する可能性は低い。
危険信号 (WARNING SIGNS)
循環取引の手口では、取引文書は一見すると記載内容が妥当で、現金のやり取りが実際に行われている。そのため、手口に加担した従業員や仲介役を務めた会社の協力なしに、不正を見破ることは困難な場合が多い。ハシ社の場合、2009年前半、厳しい信用状態が明るみになることで初めて不正も発見されたのだ。
さらに、米国本社はサトウ氏からの報告情報の定期的チェックを怠っていた。IT企業の親会社が日本のハシ社の業績評価をする際、考慮できたであろうリスク要因や手順を以下に示した。
文化的な影響を考慮する。日本では取引相手の上層幹部間で古くから関係が築かれていることが多い。従業員の接待する相手と接待目的を理解しておこう。また逆に、従業員側が接待されているのか確認しておく。経費報告書を読めば、従業員の重要なビジネス関係を深く理解できるだろう。会社の倫理規定に、外部業者からの贈与に関する会社としての見解を盛り込んでおくべきだ。従業員と外部業者の両方に規定された見解を明確に伝えておく必要もある。
言葉の壁を破る。言葉の壁によって、海外の子会社の事業活動のモニタリングが阻害されたり、見落としがあったりしてはならない。ハシ社で英語が話せるのはサトウ氏だけだった。その結果、サトウ氏が米国本社との唯一の窓口になっていた。
現地の監査法人に依頼し、現場で目となり耳となって経費報告書を定期的にレビューしたり、あなたに代わって数字を精査したりしてもらえるよう検討しておく。また、可能であれば、現場に足を運んで現地スタッフと直接話すのもよい。
販売業者だけでなく、買い手についても知っておく。イチ社からの発注書を見ると、ハシ社の商品の最終の買い手は誰もが知る有名企業であるとわかった。ところが、米国の親会社はその情報を全く認識していなかった。電話を一本入れておくだけで、文書が架空のものかどうかわかったであろう。買い手に関して、子会社や仲介業者の言葉を鵜呑みにしてはいけない。
信頼だけでなく確認も忘れない。販売業者や再販業者との契約に監査条項を入れておく。今回の場合、米国本社が買い手への売買に関するイチ社の文書を入手し、基本的なレビューを行っておけば、イチ社が実際には報告した有名企業に商品を売っていなかったことがわかったであろう(各発注書により)。
小額なマージンでも大きな問題が潜んでいることがある。取引マージンが決まって平均以下になっている買い手がいるだろうか? その売上高は差額に見合うものだろうか?そうでないなら、あなたの会社は循環取引の仲介役になっている可能性がある。循環取引では、仲介役の業者がマージンの一部をとっていくことが多い。しかし通常その額は、合法的な商業取引よりも低い。
外部業者でもある買い手、逆に買い手でもある外部業者を見つけ出そう。循環取引の手口は、単純に2社間で四半期末に空取引を行い、相互に収益を水増しするところから始まることが多い。手口がエスカレートしてくると、資金の流れをごまかそうと、新たに仲介役となる企業を探してくる。そのため循環取引を暴く好機は、取引構造が複雑化する前の初期段階ということになる。
循環取引を暴くには以下のことを確認する:
- 自社と最終の買い手の間に複数の販売業者が介在しているか。
- 各販売業者はどんな価値やサービスを提供しているか。
- 自社の外部業者の中には、買い手でもある外部業者がいるか。
- その場合、取引残高は合っているか(購入額に対する売却額)。
- 取引残高は長期間で変動しているか。また、その理由を認識しているか。
- この買い手と他の顧客への売上マージンを比較したか。
- 貸出しや支払い金額の相殺に不審な点は見られないか。
- 自社とビジネスパートナー間の取引に不審な点は見当たらないか(納入業者が、仲介業者から購入した商品数と同じ数量を他業者に売却しているなど)。
- この買い手や外部業者と関係した売買機能に不審と思われる個人の相互関係はないか。
取引関係管理に関わる問題は多岐にわたるため(企業が外部業者と買い手の両方の役割を持つなど)、循環取引に係るリスクを軽減するよう、企業側は内部統制の整備に十分注意する必要がある。
お金の流れを追う。現金はどのように適用されているのか?ハシ社の現金受取りや売掛金をレビューしてみると、イチ社から来た大口の現金受取りのいくつかが分割され、複数の買い手の口座にあてられていたことが判明した。サトウ氏は架空の収益を記帳していたが、これは循環取引の典型的な手口である。こういった架空債権を精算するために、計画に加担していた他の関与企業から受け取った資金が利用されていた(不正がたらい回しになる結果となった)。
外国企業はご用心 (NON-JAPANESE COMPANIES BEWARE)
日本は世界第2位の経済大国として、多くの外国企業に非常に大きなビジネスチャンスを提供している。しかし、日本が持つ特殊な事業環境によって、循環取引を始めとする一連の不正行為にまで門戸が開かれてしまっている。日本で事業展開する企業は、こういった不正に注意深く取り組む必要があり、言葉や文化の壁によって、効果的な統制やモニタリングが阻害されるようなことがあってはならない。
ジョン・R・スタンレー
プライスウォーターハウスクーパース・ジャパン(PWC JAPAN)フォレンジック・サービス部門のディレクター。
ソフィア・クレイマー
ハーバート・スミス外国法事務弁護士事務所のシニア・アソシエイト
本記事の内容に含まれる意見、見解、認識は著者個人のものであり、プライスウォーターハウスクーパース・ジャパン、ハーバート・スミス外国法事務弁護士事務所、そのパートナーおよび(または)関連会社のものではない。
本記事の内容は法的助言に該当するものではなく、またそのような目的で依拠すべきではない。具体的な事案については、必ず個別で弁護士に相談すること。
コラム
循環取引に関する日本メディアの反応
日本メディアは、循環取引で収益を水増ししたことが疑われる日本企業の上級管理者に対する警察の調査や起訴を数多くクローズアップしてきた。
とりわけ、ある企業の事例がメディアで注目を集めた。先日、日本の冷凍食品大手「加ト吉」の元常務に特別背任と詐欺の罪で懲役7年の判決が言い渡された。
不正発覚後、その元常務はある貿易会社の元社長(後に自殺をはかり死亡)と共謀して循環取引を企て、加ト吉に約50億円の損害を与えた罪に問われた。最終弁論で弁護団は、売上至上主義の経営方針に呼応して循環取引が行われ、それは全社的に黙認されていたと主張し、情状酌量を求めた。(2009年7月28日四国新聞、2009年10月28日読売新聞)
他の訴追や調査は、上場企業であることと循環取引による収益の水増しが、財務諸表の虚偽記載にあたるという事実を対象としている(日本の証券関連法違反、具体的には金融商品取引法違反にあたる)。(2009年8月5日毎日新聞)
最近、証券取引法違反(有価証券届出書の虚偽記載)により、機械メーカー「プロデュース」社長に懲役3年、罰金1000万円(約10万米ドル)の実刑判決が下された。2005年6月から2007年、この間に上場を果たしているが、この社長は様々な取引相手と共謀し、会社の売上を約116億円(約1億3000万ドル)ほど大きく見せかけ、売上の急激な伸びを印象付けていた。裁判官は「極めて悪質な犯罪であり、証券市場の公正さを著しく損なうものだ」とコメントした。(2009年10月5日埼玉地裁判決)
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