2008年、金融機関は130万件近くに上る疑わしい取引報告(以下SARs, Suspicious Activity Report)をFinCEN(Financial Crimes Enforcement Network、金融犯罪取締ネットワーク) に提出した。時に、それが完璧で時宜を得たものであれば、一通の報告書でさえも、捜査に拍車をかけ、詐欺師逮捕に繋がるきっかけを作ることができる。
例えば2009年、米財務省の部署であるFinCENは、住宅ローン・ブローカーの有罪判決を発表した。この人物は、総額60万ドル以上を超えるカネを複数の銀行の別々の口座に入金していたのだ。最終的に被告人は、銀行による通貨取引報告(CTRs、Currency Transaction Reports)の提出を避けるため、毎回10,000ドル未満の入金を繰り返していたことを認めた(通貨取引報告は、10,000ドル以上の取引に関して申告が義務付けられている)。
被告は、一月で多数の銀行に30回近くもの預金を繰り返し、その総額は26万ドルを超えた。その後、被告はある一つの銀行の複数の支店で約20の取引を行い、追加で18万5千ドルを入金した。同銀行は即座にSARを提出し、同住宅ローン・ブローカーがいかにして自身の個人口座及び法人口座に9,000ドルから9,800ドルに上る額を入金していたかを報告した。
連邦捜査官チームは何百万ものSARを含んだFinCENのデータベースを検索し、現金の分散化及び、被告人による又は被告人のための郵便為替の組織的な購入を示唆する他の預金金融機関及びマネーサービスビジネスの関連報告書を発見した。
法執行機関は、同銀行によるSARがなければこのような捜査は不可能であっただろうとして、より包括的な捜査のきっかけとなった同銀行による初のSARの届出を評価した。またその他のSARから、被告人が事業関係のない個人に宛てた多額の銀行小切手を購入していたことが明らかになった。
事件の結論:被告人は判決を待っている。効果的なSARと金融機関、FinCEN及び連邦捜査官の緊密なチームワークのおかげで、すべての手がかりを結び付け、捜査が行われ、被告人の度重なる犯罪に終止符を打つことができたのだ。
混雑する情報ハイウェイ (HEAVY TRAFFIC ON THE INFORMATION HIGHWAY)
銀行秘密法(BSA、Bank Secrecy Act)及び改正した米国愛国者法(USA PATRIOT Act)は、特定の状況においてSAR及びその他の報告書をFinCENに提出するよう、金融機関に求めている。こうした報告書(2008年には、報告書の77%が電子的に提出されている)は、1億以上もの報告書を含む国税庁のオンライン・データベースに保存される。
疑わしい取引の発見時に、SARの提出が初めて義務付けられたのが1996年。この年、金融機関(預金金融機関、マネーサービスビジネス、カジノ・カードクラブ、証券・先物業界に属する組織)は62,000件の報告書を提出した。2008年、SARの届出が年間100万件を超えたことをきっかけに、法執行機関が規制報告の提出のために要する費用を正当化するだけの十分な成果を上げているのか、疑問を投げかける金融機関も出てきた。
BSAの機密保持規定は大半のSAR関連情報の公開を禁止している。また、捜査官は人目に付かない状態で働くことが多いため、FBI、入国管理・税関取締局(ICE、Immigrations and Customs Enforcement)、その他の法執行機関は、SARがいかに金融犯罪の発見と防止に貢献しているかの詳細な証拠を公表することができないのだ。しかし、どの機関も法執行においてSARがいかに不可欠であるか、金融機関に対して理解を求めている。
FinCENの分析調整部門(ALD、Analysis and Liaison Division)がその最たる例だ。ALDはBSAデータをその他様々な情報源のデータと組み合わせ、法執行機関及びインテリジェンス・コミュニティーが必要とする情報の要求に応えている。
「FinCENは金融機関がBSAの報告義務に充てている時間、労力、費用に大変感謝しています」とはALDのニコラス・コルッチ部長。コルッチ氏は今後も金融機関から有益な報告が得られるよう、情報提供と勧告を目的とするFinCENのオンライン刊行物『SAR Activity Review ? Trends, Tips & Issues』第16号(October 2009, pp. 45-47, www.fincen.gov/news_room/rp/files/sar_tti_16.pdf)にFBIとICEの捜査官が共同で執筆した記事へ注目するよう金融機関に促した。
同記事は、SARを閲覧する政府捜査官が最もアクセスしやすい有益な報告書の作成方法として、11の提案をしている。以下がその例だ。
- 明確で参考になる説明文を作成する
- 捜査官から要請があった場合、金融機関が提供できる裏付け資料を的確に説明する
- 特定のデータ欄を正確に記入する
- SARに含めるべきでない情報があることを覚えておく
先進技術がSARデータの解釈においてますます重要な役割を果たすようになるにつれ、FinCENは米連邦取引委員会及び米住宅都市開発省と電子マッピング技術の共同開発に取り組んでいる。同技術は、法執行機関によるローン変更詐欺の犯人の追跡と逮捕につながると、コルッチ氏は熱心に語る。現在FinCENは、金融機関によるSARの報告過程を円滑にするために、金融機関が電子的にSARを提出すると、各報告書の管理番号と共に金融機関に受取の通知を送付している。
SARの電子ファイリングでもう一つFinCENが強化したのが、Adobe形式の報告書だ。これは、提出時にデータを検証し、各SARの欄にカーソルを置くとその説明を表示し、スペルチェック機能や国別コードのポップアップ機能を擁するほか、ユーザーは、SAR報告書に含まれる容疑者のあらゆる番号を確認することができる。FinCENは、こうした強化がSARデータ全体の質向上につながると考えている。
法執行機関によるSARの利用 (HOW LAW ENFORCEMENT USES SARS)
ローラ・ウィリアムズ主任特別捜査官は、FBIのFinCENとの連絡係を務める。「金融機関は不正行為発見の第一線に立っています。そのため、同機関が提出するSAR、CTR及び、その他BSA関連の報告書の我々の継続利用に対して、信頼を置いてもらうことが重要になってくるのです。」
ウィリアムズ氏は、銀行が提出したSARに対し、法執行機関が当該銀行に追跡調査を求めなかったからといって、提供された情報が無意味だという訳ではない点を強調する。「情報はシステムに何年も保存されますが、その重要性は我々が新たな手がかりをつかまない限り表面化しないかもしれません」「例えば、我々がテロの疑惑を把握した結果、2年前に提出された取引報告書が捜査の幅を広げ、本格的な捜査に乗り出す重要な鍵となるかもしれないのです」とウィリアムズ氏。
2004年、FBIは、FinCEN及び米諜報機関を含むその他の情報源からの情報をまとめたマスター・データベース、捜査データ・ウェアハウス(IDW、Investigative Data Warehouse)を導入した。以来FinCENは、定期的にIDWに膨大な量のSAR情報を送り込んでいる。これによりFBI及び当局とタスクフォースを組むその他の法執行機関は、一つの検索クエリでIDWの全データをスキャンすることができる。
例えば、FBIがIDWを使って、BSAデータを米国同時多発テロ後の捜査の対象となっている非BSAリストと比較したところ、テロ容疑者の42%がBSAと何らかの関係があることが分かった。つまり、相当な量の金融情報を密かに入手することができた訳だ。「我々は、手の内を明かすことなく、テロと金融犯罪の関係について理解を深めることができたのです」と、ウィリアムズ氏は述べる。
法執行機関がSARを利用するもう一つの手段は、全国に100を超える数のSARレビュー・チームの利用だ。最寄りの米連邦検事事務所が率いるレビュー・チームは、連邦、州、及び地元の捜査官で構成されている。同チームは、BSAデータベースに届くSARを検討し、詳しい捜査を必要とするSARと、その担当当局を決定する。
最近の例では、あるSARの手がかりを追っていたレビュー・チームは、共謀者に1,500万ドル以上もの不法収益をもたらした陰謀を発見した。引退した金融業界の重役と共犯者がストローバイヤーを使って、連邦及び州の銀行規制の制限を越える量の新規公開株を購入していたのだ。被告人は他の共犯者と同様、証券詐欺の罪で実刑判決を言い渡され、1,000万ドル以上の不正利益の返済が求められた。
視覚的な調査を可能にする解析ソフトウェア
「ビジュアル・インベスティゲイティブ・アナリシス・ソフトウェア」
(VISUAL INVESTIGATIVE ANALYSIS SOFTWARE)
捜査官とアナリストが膨大な量のBSAデータを容易に解析できるよう、FBIはビジュアル・インベスティゲイティブ・アナリシス・ソフトウェア(visual investigative analysis (VIA) software)を使用している。「こうしたツールを用いることで、SARデータから、同ツールなしでは不可能なほど多くの情報を引き出すことができるのです」とウィリアムズ氏は言う。FBI及びその他の法執行機関は、同ツールを用いることで、深い見識を持ってより生産的な職員配置ができるのだ。
捜査官は、膨大な量の文書を正確に表示するためにVIAを用いる。VIAの「表示」と呼ばれるカスタマイズ可能な図表の配置は、データの解析を容易にし、捜査官が捜査の糸口を手繰り寄せるスピードを速めるのだ。
FBIがいかに同ツールを使用しているか、その詳細は機密だが、多くの公的機関が捜査官の誰もが利用できる他のVIA技術を開発している。
アトランタ州、ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)の研究者は、VIAソフトウェアを開発中で、これは既に諜報機関や警察の報告書を含む様々な種類の文書の調査に使用されている。ジョージア工科大学インタラクティブ・コンピューティング学科の副学科長、ジョン・T・スタスコ博士は、情報インターフェース研究グループの指導者だ。同グループで現在、スタスコ博士と同僚たちはVIAアプリケーションであるJigsawを開発している。
CFEや不正検査部でJigsawについて詳しく知りたい方は、スタスコ氏(www.cc.gatech.edu/gvu/ii/jigsaw/.)に問い合わせてみてください。Jigsawは開発段階にあるため、その機能や有用性についてコメントを残すと無料で利用できる。
評価者にはJigsawのスタンドアロンコピーが与えられ、これを自身のシステムにインストールする(「スタンドアロン」とは、その他のコンポーネントなしにプログラムが単独で機能すること)。テストプログラムの参加者には新たなバージョンが開発されるたびにアプリケーションが無料で提供される。
Jigsawは通常、機密捜査及び法執行を使用目的として評価されるため、テスト参加者の身元は公開されない。しかし、これまでにJigsawを試してきた組織の中には、連邦、州及び地元の法執行機関、公安組織、国土安全保障省と司法省によって設立された民間企業から構成される「フュージョン・センター」が存在し、同チームはテロや犯罪と闘うために情報とインテリジェンスを共有している。
Jigsaw及び類似のプログラムは、一つの検索クエリで何千もの文書を分析し、複雑で幾重にも重なる関係を明らかにすることができる。VIAアプリケーションの各表示は、それぞれ固有の視点から高い見識を提供してくれるのだ。そのため、VIAのユーザーは通常、ワークステーションに3台あるいは4台もの大型モニターを設置し、複数の視点から同時に手がかりを検索するなど、いくつもの知能を総合的に扱っている。
ICEによるビジネス関係の雪解け (ICE THAWS BUSINESS RELATIONSHIPS)
BSAのもう一人のトップユーザーは、移民・税関執行局(ICE、Immigrations and Customs Enforcement)だ。「確かに、我々は犯罪と闘うためにSAR、CTR、及びその他のBSAデータを利用しています。ただし、ICEと金融機関の関係は互恵的なものです。金融機関が犯罪者から自身の身を守るよう、我々の方からも彼らに有益なアドバイスを提供しているからです」とは、ICE捜査課の副課長、ジャニス・アヤラ氏。
ICEの「オペレーション・コーナーストーン」の職員は、プレゼンテーションや会議を通じて企業や金融機関と協力し、マネーロンダリングやその他の犯罪防止に努めている。
ICEにとって有効なBSAの利用が必ずしも、例えば大々的な資産の差し押さえに、繋がるわけではない。「大規模な犯罪ネットワークを破壊しても、時に我々が差し押さえるのは比較的小額の現金や資産だったりします。しかし、我々の成功の尺度は、こうした犯罪者の逮捕によって減らすことのできる犠牲者の数なのです」とアヤラ氏は語る。
SARにまつわるもう一つのストーリー (THE OTHER SIDE OF THE SAR STORY)
巧妙な敵は毎日のように、米国の金融システムを本気で攻撃している。しかし幸運なことに、政府や民間部門の犯罪取締人ら様々なチームが、SARやその他の情報共有ツールを効率的に使用し、こうした詐欺師たちを追跡し、犯罪を退け、牢屋に送り込んでいるのだ。
2回にわたるシリーズ第1弾である今回の記事で紹介した法執行側の視点を補足するために、次号の『Fraud Magazine』では、SARの作成者と彼らに助言を行う知識豊富な専門家という、情報供給網の最前線にいる二者の実際の経験とアドバイスを紹介する。
アドバイスの例としては、FinCENと効果的に協力するためのヒント、SARを提出すべきか否かの決断及び、いつどのようにSARを提出すべきか、SARの方針と手続の策定・管理方法、真に顧客を知る(「Know Your Customer」)ためのより効果的な精査方法、SARやその他の疑わしい取引に関するBSA報告書が言及する顧客の権利を守る方法が挙げられる。
ロバート・タイ
ニューヨーク在住のビジネスライター。AICPAの『Journal of Accountancy』の寄稿編集者を務める。