マーク・ランドは純粋に、自分の職務を果したいと思った。アメリカ合衆国連邦航空局(U.S. Federal Aviation Administration、以下「FAA」)の安全検査官(a safety inspector)としての彼の仕事は、潜在的な問題を見つけ出すことであった。ある航空会社の整備士のストライキ中に彼が安全に関する懸念を上司に報告した後、彼はデスクワークに追いやられてしまった。しかし、最終的に運輸省の監察総監(inspector general)の報告書により、彼の行動は正しかったということが立証された。本インタビューでは、ランド氏をはじめとする安全検査官たちが、航空機利用者の「目となり耳となる」ためにいかに努力しているかを紹介する。
マーク・ランドは心配だった。2005年8月20日、ノースウェスト航空の整備士がストライキに突入し、同社は代替の従業員で整備業務をやりくりしていた。ミネソタ州ブルーミントン(Bloomington, Minn.)でFAAの検査官として勤務するランドは、実際にいくつかの問題を目撃していた。
- ライン整備の管理者が、エアバスA320のエンジンテストをするのに、正しいスイッチが見つけられなかった。彼は、最近シミュレーターでの訓練を終えたばかりで、実際のA320の機体を点検した経験はないと認めた。
- ある代替整備士は、ボーイングB757の乗客用出入口をどうやって閉じるのか分からなかった。また、ある者は、ブレーキロックも掛けずに、ブレーキ・ウェア・ピンの点検をするという初歩的なミスを犯していた。
- アムステルダムから到着したDC10は、トイレが故障して汚物が重要な航法装置にかかってしまった。ノースウェスト航空は、FAAの安全検査官に見とがめられるまで、トイレの故障も直さず、汚物の洗浄もしないまま、同機をホノルルまで飛ばそうとしていた。
ストライキが終結して2日後に、安全面での不備を報告する通常の手続として、ランドは「事故防止のための安全勧告」と題するメモを彼の上司とワシントンDCのFAA本部へ送付した。彼はその報告書の中で、「人名を脅かす事態が存在している」と主張し、ノースウェストは整備士や検査技師が「ミスなく」職務を遂行できるようになるまで、運行便数を減らすべきであると勧告した。
しかしFAAは、ノースウェスト航空において顕在化している公共の安全のリスクを低減するのではなく、ランドの検査官バッジを取り上げてノースウェストの施設に入れないようにし、デスクワークを強要した。そこでランドは、彼の勧告書をノースウェスト航空の本社があるミネソタ州の上院議員を務めていた民主党のマーク・デイトン氏に手渡しした。デイトン氏は、FAAの監督官庁である運輸省の監察総監(Inspector General)に送付した。
2007年9月27日、監察総監はランドに対するFAAの対応を批判する報告書を公表し、FAAは「検査官が認識した安全面の懸念事項に対応し、その問題を解決する手続を改善する」必要があるとの見解を示した。
同報告書において監察総監は、「(ランド氏が示した)安全面の懸念に対して、FAAはその信憑性を低下させることに注力していたように見受けられる。・・・そのような対応をすることにより、他の検査官が、安全面の問題をFAAに注意喚起しにくくなってしまう事態が懸念される」と述べた。
同報告書はまた、2005年の8月および9月に、ノースウェスト航空を監督するFAA検査官が、代替の整備士の知識・能力不足に関わる事象を少なくとも121件認識していたことも明らかにした。
FAAは、監察総監の勧告を受け入れ、検査官の報告に関するより良いレビュー手続の確立および不備の解消を図った。しかしながら、ランドが示した懸念の正当性について書面に残すことにFAAが難色を示したという監察総監の結論には同意せず、整備士訓練の改善に関するランドの提言については、すでに実施中であるとして採用しなかった。
監察総監は、そのようなFAAの回答に異議を唱え、FAAの調査チームが、ノースウェストの整備士に対する導入訓練プログラムは効果的なものではないと報告したにもかかわらず、FAAはランドに対して、整備士が十分な訓練を受けてないという彼の主張は根拠のない主観的なものだと伝えたと指摘した。
最終的に、FAAはランドを安全検査官としての職務に復帰させ、彼は「航空機利用者の目と耳」であり続けている。ACFEは、彼の公衆の安全を守る勇気と不屈の精神を称え、2008年のクリフ・ロバートソン・センティネル賞を授与した。
ランド氏は、ミネソタ州キャノン・フォールズの自宅からFraud Magazineのインタビューに応じてくれた。
ご自身はどのような責任を担っているとお考えですか。
安全検査官の私の任務は、公衆の安全を確保することです。私の顧客は常に一般市民です。我々は航空機の利用者に対して、空路の安全を確保すると宣誓しているのです。私の責務は、航空会社における安全面での問題を取り上げ、FAAよる適切な法規制の執行を勧告することです。
私は乗客を代表し、彼らの目となり耳となるべく努力します。安全面の問題が起こりつつあったり、事故が発生するかもしれないと乗客が知ったら、彼らは何と言うだろうか。航空会社によるFAAへの認可申請に対するレビュー、所見、勧告において、私はいかにして乗客の安全を確保できるだろうか。
FAAの上層部は「顧客サービス・イニシアチブ」を実施しましたが、それは2008年4月の連邦議会公聴会で非難の的となりました。上層部は今では、FAAの顧客は(航空会社ではなく)乗客であると公言しています。もし本気でそう言っているのであれば、なぜ開かれた場で一般市民からの意見に耳を傾けようとしないのでしょうか。
FAAと航空会社の馴れ合いの関係を指摘する声もありますが、それについてはどうお考えですか。もしそうお考えであれば、そのような関係が日々の業務にどう反映されている(いた)のでしょうか。
正にそのとおりだと思います。FAAの上層部は、航空機の利用者ではなく航空会社を自分たちの顧客でありお得意様だと考えるようになってしまったのです。
FAAの責務は、航空会社の収益ニーズを満たすことではなく、航空会社各社がFAAの規制を確実に遵守し、安全運行を続けるようにすることです。いつからか、FAAはこのような視点を失ってしまい、航空会社の言いなりになったのです。挙句の果てには、航空会社がFAAに対して我々検査官の苦情を申し立てると、必ず検査官が悪者にされるまでになってしまいました。
FAAのノースウェスト航空認証管理室(the FAA Northwest Airlines Certificate Management Office)内での私自身の経験では、同僚の検査官が室長のオフィスに呼ばれ、ノースウェストが彼に対する苦情を口頭で伝えてきたと告げられました。そして室長は、もし苦情が書面で寄せられたならば処罰せざるを得ないと言って、同僚を脅しました。苦情に対する事実確認など全くなされず、もう既に決まっていると言わんばかりでした。FAAの上層部は、航空会社の苦情に迎合し、検査官を罰するのです。言うまでもなく、このような対応は優秀な検査官を挫折させ、彼らの公衆の安全確保に対する努力をくじいてしまいました。
2005年のノースウェスト航空の整備士によるストライキの時の出来事を、具体的に教えてください。
先ず、我々検査官のほとんどが、代替の整備士が業務を引き継げば整備ミスが起きて当然だと考えました。経験豊かな整備士陣を一夜のうちに未経験者に置き換えようなどということは実質的には不可能です。ストライキが実施される前から、多くの検査官がFAAのマネジメントに直接そのような懸念を伝えていました。しかし、公衆の利益のために介入する権限を有するFAAのマネジメントは、経験豊富な検査官の進言を無視しました。
ノースウェストの現場で起こっていることを目の当たりにした私は、毎日午後に行われる打ち合わせの場で、直属の上司に私の所見を伝えることにより、この問題に積極的に対応しようとしました。打ち合わせには、代替の整備士と配置転換された整備マネージャーによるノースウェストの整備活動を監督するFAA安全検査官が可能な限り出席しました。しかし、毎日のように示される懸念に対して何の行動も起こそうとしない上層部に対して、多くの検査官が不満を募らせました。
私は、FAAの安全勧告基準に則ってメモを提出したことがあり、今回もそれが唯一の方法だと考えました。人名や財産を危険にさらすような状況が存在するのであれば、安全検査官は即座にFAAの航空機事故調査部門に連絡することになっています。私は、同部門に電話をし、メモをFAXしました。
上司に提出したメモの中で、どのような点を指摘しましたか。
ノースウェスト航空の整備士のストライキにより、人命や財産が危険にさらされていると書きました。
また、管理室のマネジメントが、ノースウェスト航空の安全リスク評価のための監視やデータ収集に、高い評価を受けている航空輸送監視システム(ATOS)のプロセスではなく、独自に作成した手書きのチェックリストを用いているということも指摘しました。そうすることにより、我々安全検査官の所見がシステムに入力されないようにし、FAAの地区統括部門や本部による監視の目を逃れることができたのです。我々の所見がデータベースに書き込まれなければ、ワシントンDCにあるFAAの安全分析部門をそれらを分析することができません。
どのような提案をしましたか。
簡単に言うと、私はメモの中で、ノースウェスト航空は、整備・点検担当者数の減少に合わせて、ミスなく業務をこなせるレベルまで運航便数を削減すべきだと提言しました。同社の運航業務を監督するために、航空安全専門家(Professional Aviation Safety Specialists, PASS)組合およびアメリカ労働総同盟産業別組合会議(AFL-CIO)のリーダーも巻き込んで「人為的な整備ミス評価チーム」を組成し、識別されたリスクが是正されなければ運航業務の拡大や継続をさせないようにするようFAAに提案したのです。(編集者注:PASSによると、同組合にはFAAおよび国防総省の職員11,000人以上が加入しており、組合員は(1)航空輸送管理や国防設備の設置、維持、支援、認可、(2)航空産業の検査および監督、(3)飛行手順の策定、(4)航空システムの品質分析などに携わっている。)
私はまた、安全検査官が人命や財産の安全に悪影響を及ぼしうる活動を発見した場合には、FAAのマネジメントからの報復もしくは圧力を受けることなく、必要に応じてその活動を停止させる権限を議会が与えるべきだとも、FAAに進言しました。
さらに、PASSのメンバーも加えた個別の管理グループを組成してノースウェスト航空の業務を監視すると共に、同社内の検査員訓練プログラムを改訂するよう提案しました。
FAA側の反応はどのようなものでしたか。
最初の反応は、この事案には、進捗管理のためのファイル番号を付さないというものでした。これは、彼らが私の提言に対応するつもりはないということを意味しました。
上司があなたの検査官バッジを没収し、デスクワークを命じた後、あなたはどのような行動をとりましたか。
FAAが、市民の安全を支えるという自らの責任を果そうとせず、それどころか私に罪をかぶせて安全検査官の職を解いたことに、私は悲しみを覚えました。
2、3日のうちに、FAAは私の勧告に対応するつもりがないということが分かりました。そこで私は、直ちに当時のミネソタ州上院議員であった民主党のマーク・デイトン氏のオフィスに連絡を入れました。デイトン議員は直接私に電話をくれ、私たちは約1時間この件について話をしました。その後、私は彼のオフィスを訪問し、デイトン議員と彼のスタッフはすぐに監察総監室の調査官を呼び寄せてくれました。
もう1人の安全検査官もデイトン議員のスタッフに安全面での懸念事項を伝えました。空の安全確保に向けた彼らの根気強い対応には本当に感謝しています。
デイトン氏がこの問題を運輸省の監察総監に伝えた後、何が起こりましたか。
数日のうちに、監察総監室の調査官による正式な現場実査を行われました。彼らは私を含むノースウェスト航空担当の安全検査官と面接をしました。監察総監室が関与してくれたことで、他の安全検査官たちも積極的に懸念を表明するようになりました。監察総監室が2007年9月28日付で出した報告書に述べられているように、FAAの認証管理室のマネジメントは法規制違反に対する民事罰の適用に消極的であり、そのため航空会社に対する有効な監督ができていませんでした。
監察総監室がこのような結論を下したことは、FAAに深刻な影響を及ぼしました。合計212人の命を奪ったブリット航空、コンチネンタル・エクスプレス、バリュージェット、アラスカ航空の事故に関する国家交通安全委員会(National Traffic Safety Board, NTSB)の報告書は、FAAの監督不足が事故原因の1つであると指摘しました。安全検査官が認識した問題にFAAが確実に対応しなければ、人命が失われ得るのだという結論が出されたのです。
あなたは、この報告書を読んで報われたと感じましたか。
私の懸念の正当性を証明するのに、外部の関与を必要としたことを残念に思いました。航空安全確保の責務を担うFAAが安全を脅かすノースウェスト航空の状況を改善しようとせずに、私を非難したということに悲しみを覚えたのです。
FAAに勤務して18年になる私にとって、FAAが私や他の安全検査官が報告した懸念事項に対して何の対応もしなかったということは驚くに値しませんでした。FAAのマネジメントによるそれまでの行動から、そうなることは目に見えていました。
1996年5月に発生したバリュージェットの事故は、110人の命を奪いました。事故の数ヶ月前である1996年2月に、ワシントンDCのFAA本部がバリュージェットの安全リスクに関するメモを作成しました。その中には、バリュージェット社に対して、連邦航空規則(FAR)121に基づく再認証を直ちに検証すべきであるという特筆すべき勧告がなされていました。その勧告は、バリュージェットが航空会社としての認証を維持するためには、同社は連邦安全規則の遵守状況の再評価を受けなければならないということを意味していました。再認証を受けられなければ、バリュージェットは航空会社としての運営を続けられないという状況にあったわけで、FAAは、バリュージェットの運行停止を命じることができたのです。しかし、FAAの上層部は同社の安全運行を確保するための包括的な措置を何ら講じませんでした。もし断固たる対応をしていれば、110人の尊い命を失わずに済んだかもしれません。
2000年1月に発生したアラスカ航空の事故は、88人の死者を出しました。同年の4月3日に当時の交通インフラ委員会委員長であったジム・オバスター上院議員は、FAAと航空会社各社の「なれ合い」に関する公聴会を開きました。アラスカ航空を担当していたFAAの元主席検査官が、書面による証言を提出し、アラスカ航空における安全文化の危うさについてFAAの上層部に注意喚起をしたが、それは無駄な努力だったということを明らかにした。その証言には、FAAのマネジメントがアラスカ航空による虚偽のクレームに基づいて、安全検査官を同社担当から外したことを含め、多数の出来事が詳細に記載されていました。この時も、私が遭遇したのと同じことが起きたのです。FAAは証言をした検査官を異動させ、挙句の果てには彼を懲戒処分にしてFAAを退職せざるを得なくしたのです。差し迫った事故のリスクを警告した他の検査官も、同様に懲戒処分を受け他部署に異動させられました。彼らのやり場のない不満を思うと、本当に気の毒でした。
FAA安全検査官の究極の任務は乗客の命を救うことです。私は、処罰を恐れて何もせずに、起こさずに済んだはずの死亡事故の責任を負うくらいなら、FAAのマネジメントによる処罰を甘んじて受けようと考えました。事故のリスクを見過ごしたままでいられるFAAの管理者の感覚が信じられませんでした。国民の信頼維持の責任を担う公務員として、私の心は痛みました。私は何よりも公衆の安全を優先しなければなりません。私にとって最も大切な顧客は、航空会社ではなく国民なのです。
運輸省監察総監室の所見の内容は、私にとって特に意外なものではありませんでしたが、監察総監が私の懸念事項の正当性を立証してくれたことで、私以外にもFAA内部の重大な不備を認識してくれた人がいるという安心感を覚えることができました。安全に関する懸念事項を上席に進言した者たちが皆、「問題のある職員」とのレッテルを貼られて処罰されるような状況では、安全検査官は本来の仕事ができるはずがありません。
監察総監の報告書には、「(ランド氏が示した)安全面の懸念に対して、FAAはその信憑性を低下させることに注力していたように見受けられる。・・・そのような対応をすることにより、他の検査官が、安全面の問題をFAAに注意喚起しにくくなってしまう事態が懸念される」という記述があります。この結論に対する見解を聞かせてください。
全くその通りだと思います。残念ながら、FAAは私やサウスウェスト航空、アラスカ航空、バリュージェット担当の検査官が進言しようとした安全に関する懸念事項に対処することよりも、我々の言葉を軽視し疑うことに躍起になっていたのです。
安全検査官は、抑圧的な環境のもとでは能力を発揮することができません。安全に対する懸念の声を上げる検査官たちがFAAのマネジメントによる脅し、報復、ハラスメントを受けるような状況では、我々は公衆の安全確保という義務を果せません。
検査官には、航空会社に修正を義務付けたり運行を制限したりする権限はありません。我々にできることは、報告や勧告をすることだけです。FAAにこのような文化がはびこっている限りは、検査官は口をつぐみ、表面的な検査により自分の仕事を正当化して満足感を得るような日々を過ごすようになってしまいます。職責を果したふりをし、安全面の問題を認識しても自分では変えることができないとあきらめて、願わくはけが人が出ない程度のインシデントにより、変わらざるを得ない状況がもたらされることを期待するのです。しかし、現実にはバリュージェットやアラスカ航空の事故が起き、尊い命が失われてしまいました。
安全検査官の職を解かれた後、監察総監の仲裁により2005年10月に復帰が許されるまでの6週間は内勤をしていましたね。安全検査官の職務に復帰してから、何をしましたか。
2005年10月に検査官の職務に復帰してから、私は、2005年8月20日、ノースウェスト航空が代替の整備士を配置した翌朝にデトロイト空港に着陸した同社の飛行機が起こしたメインタイヤの破裂事故について調査に着手しました。同機は、私が検査を担当していた部署で整備されたものでした。調査の結果、事故原因はブレーキの不具合で、それは代替の整備士が、ブレーキとは無関係のシステムの定例点検を行った際に、うっかりブレーキ制御ケーブルを絡ませてしまったためと推定されました。ケーブルが、ちょうど他のシステムの定例点検を行った箇所で絡まっていたからです。制御ケーブル付近の定例点検を行う際には細心の注意を払うというのは基本中の基本ですが、代替の整備士はそのことを知らなかったか、基本に従わなかったように思えました。
私は、2005年10月12日に2通目の安全勧告メモを作成し、この整備ミスをノースウェスト航空における安全リスクのもう1つの例として挙げました。この報告において私は、ノースウェストは整備士訓練学校ではないと述べました。報告書を何らかの形で入手したメディアが、内容の一部を紹介しました。
内勤を強いられている間、あなたの境遇について他の検査官や政府関係者と話をしましたか。
監察総監室による調査が行われている間、私は自分が所属する組合であるPASSから、国内の各地で、他の安全検査官が同じような目に遭っているということを聞きました。多くの人が同じような経験を話してくれ、私は勇気づけられました。これらの共通の経験談から、我々安全検査官が働くFAAには、お客様は航空会社であり、検査官は彼らの邪魔をしてはならないという文化が蔓延しているということが分かりました。
当然のことですが、FAAは安全検査官を育成、支援し、我々が職務を全うできるように能力と権限を与えなければなりません。一度FAAに拒絶されると、安全検査官は恐れをなして懸念事項を上司に伝えられなくなってしまいます。現在でも、多くの検査官たちが私に電話をくれ、私がFAAが抱える深刻な問題を明らかにしたことに対する支持と感謝の言葉をかけてくれます。
メディアがこの件を報じると、ノースウェスト航空のパイロットも電話をくれ、私が彼らの操縦する飛行機の安全を維持しようと努力したことに感謝してくれました。他社のパイロットからは安全に対する懸念の声が寄せられました。私は彼らに、解決のためにどのような行動を取ることができるかを伝えました。彼らの話を聞いて、私は絶望的な気持ちになりました。中には、FAAの安全ホットラインに電話をしたが、何の対応も得られなかった人もいたのです。
監査総監室の要請に基づき、FAAは安全検査官の申立てに対するレビュー手続を修正しています。何か目に見えた変化はありましたか。
FAAは手続を改善するために新たなプログラムを自主的に導入しましたが、これまでに目に見える変化はありません。未だに、多くの検査官たちが、問題は組織的なものではなく単発のものであると主張し続けるFAAに失望しています。
私は、安全検査官たちがFAAのマネージャーを信頼していないということを思い知りました。FAAの新しい安全報告システムに登録された報告書を閲覧しましたが、重要な報告は全くなされていませんでした。FAAの上層部が、安全検査官の保護に真剣に取り組んでいると確信できない限り、私は新システムを利用しません。FAA上層部がそのような姿勢を示す最も意義深い方法は、アラスカ航空の事故の前に安全面での懸念を申し立てた検査官たちの名誉を回復し、彼らに対する報復措置をすべて撤回することです。
安全検査官が正式な調査を開始するとどのようなことが起こる(起こり得る)のでしょうか。
通常、安全検査官が安全面の問題に気付いた場合、問題の大小にかかわらず、正式な調査を開始するためには、上司の「ゴーサイン」を得なければなりません。つまり、正式な調査を開始するかどうかを決定する権限は上司にあるのです。
安全面の問題を提起しそれに対処しようとする検査官をFAAのマネジメントが妨害するのであれば、それは検査官にとってとても悲惨なことです。
FAAのマネジメントは、検査官の主張に対して不当な大義名分を積み重ね、検査官を解雇や辞職に追いやるような懲戒処分を科すことに長けていました。
マネジメントが懲戒処分や昇進停止をほのめかして安全検査官を脅すような状況では、彼らが職務を有効に遂行できなくなってしまいます。次第に受身の仕事しかしないようになり、しまいには航空会社における安全面の問題を助長し得るのです。上司や航空会社とうまくやろうとして、彼らの要求に承認を与えたり屈したりしてしまうかもしれません。安全面で悪影響を及ぼすかどうかよりも、彼らの機嫌を損ねないようにするために。
あなたの勇敢な行動により、他の安全検査官が強い意思をもって職務を遂行することができるようになったと思いますか。
私や他の告発者の行動が、検査官たちに勇気を与えられればと思っています。しかし同時に、安全面の懸念を表明するためだけに、このような異常な手段に訴える必要のない環境が整備されて欲しいとも願っています。多くの検査官が現状のシステムの枠組みの中で懸命に努力していますが、問題を進言するのは未だに困難です。私を含む内部告発者の行動が変化をもたらし、新たな告発者が出なくても済むような環境が整備されるといいのですが。
PASS組合は私に、私の行動が他の検査官の行動の変化を促したと言ってくれました。公衆の安全にとって有益なのは、データベースやデータ分析による安全リスクの識別ではありません。それらの取り組みは、全米レベルでの長期的な効果はもたらしますが、最も即効性があり事故防止に役立つのは現場でタイヤの空気圧を実際にチェックするなどして実地の監視をしている安全検査官の活動なのです。現場で目を光らせてこそ、安全面の問題の顕在化を食い止めることができ、各航空会社の文化や「気質」「雰囲気」などを知ることができるのです。経験豊富な安全検査官の誠実性こそが、FAAが公衆の安全を確保するうえで最も重要な要素となります。ですから、彼らが心置きなく職務を遂行できる環境を整えなければなりません。
1990年にFAAに転職する前に、あなたは海軍の航空機電気技師やミネアポリスの小さな航空会社の整備担当ディレクターを歴任しました。これらの経験は、現在の仕事にどのような影響を与えましたか。
お蔭様で、私は航空関連で様々な経験を積むことができました。キャリアの節目節目で神のお導きがあり、それは驚きの連続でした。お蔭様で、振り返れば鳥肌が立つほどエキサイティングなキャリアを歩んできました。FAAの安全検査官というのは子供の頃からの夢というわけではありませんでした。海軍に入ったのは、他に何をしたらいいか分からなかったからです。海軍で航空部門に配属されたことで、私の航空機電気技師としてのキャリアがスタートしました。仕事は好きでしたが、艦船上での生活は好きになれませんでした。
海軍を離れてから、私は航空関連でのキャリアを積もうと2年間航空電子工学を学びました。そして、すぐにウィスコンシンで業績を拡大させていた地方航空会社に就職し、さらに、急成長を遂げていたミネソタの地方航空会社でディレクターを務めました。
成長過程にある民間地方航空会社での経験を通じて、私自身も大きく成長することができました。FAAの安全検査官を退官した整備部長の下で働けたのは非常に幸運でした。彼は誠実な人物で、整備において安全第一を徹底していました。私は彼と一緒に世界中を巡り、会社が購入する航空機の査定をする機会を得ました。これらの経験により、航空会社や修理部門に関する規制に詳しくなりました。
彼は私のメンターであり、私のFAAへの転職を支援してくれました。地方航空会社での経験のお蔭で、FAAでの仕事を順調にこなすことができました。航空会社の業務プロセスや要件は保有機数が50機であっても500機であっても同じだからです。小規模の航空会社では、整備に関するあらゆる経験を積むことができ、安全な運行を実現するために、いかに各部門が協力すべきかを理解することができました。
大手航空会社から来た検査官の不利な点は、彼らの職務経験が1社に限られている場合が多く、航空会社全体のオペレーションやFAAの規制要件についての理解に乏しいことです。それにより、連邦安全規制の遵守方法を客観的に判断する能力が制限されてしまいます。
ジョセフ・T.ウェルズは、不正や浪費、乱用を抑止できる人材を育成し、不正検査士が職場の見張り役(sentinels)になれるよう支援するためにACFEを創設しました。ACFEメンバーが「不正と果敢に戦う」ためのアドバイスはありますか。
ACFEのメンバーの皆さんには、常に高い基準を維持してもらいたいと思います。皆さんの使命を見失わせようと阻止するような行動を許してはなりません。自分の良心に従って生きなければなりません。
自分の行動を律することが重要です。職場においては常に一貫した行動をとらなければなりません。正直さと高い誠実性を備え、無愛想で堅苦しい対応をせず、仕事を楽しむ。自信を持ち、経験の浅い人には親しみを込めてアドバイスをする。他人が相談しやすい存在となるよう心掛け、相談を受けた場合には親身になって対応する、などの姿勢が求められます。
調査は入念に行うこと。収集したデータを客観的に分析することにより、疑惑が事実であれば自ずと明らかになります。疑惑が立証されなければ、その旨を報告します。それは失敗を意味する訳ではありません。
そして最後に、懸念事項や調査結果を上司に伝える時は、常に専門家にふさわしい態度で行うこと。確立された命令系統の範囲内で極力業務を行い、相手に対応する機会を与えます。相手があなたの期待に応えてくれるならば、あなたは素晴らしい仕事をやり遂げたことになります。もし、組織外部に訴えなければならない場合には、影響力のある相手と確実にやり取りをしなければなりません。専門的な対応を貫き、やむを得ない事態になるまでは、懸念事項をメディアにもらしてはなりません。カードゲームと同じように、最後の最後まで手の内は見せないようにすべきです。たとえ他人がうそをついたりごまかしたりしたとしても、常にフェアプレイに徹してください。うそつきは、最後には当然の報いを受けます。
ノースウェスト航空の一件は、長い道のりだったと思います。あなたがこの道のりを粘り強く進む動機付けとなったものは何ですか。
私を動機付けたのは、自分の仕事をやり遂げようという思いだけでした。安全検査官として、私は単に航空会社がFAAの規則を遵守し、安全運行を徹底してもらいたいのです。PASS組合員たちは皆、航空機の乗客の安全確保に真剣に取り組んでおり、これからもそうあり続けます。我々の行動はすべて、空の旅の効率性と安全性の向上につながるのです。
もちろん、私にとっての究極的な動機付けは、人命を奪う航空機事故を未然に防止することです。私は、ある航空会社の事故直後に組成されたFAA国家安全検査プログラム(FAA National Safety Inspection Program)のチーム・メンバーとして、事故調査に携わった経験があります。
1991年9月11日に、コンチネンタル・エクスプレス航空として事業を行っていたブリット航空の航空機がテキサス州のイーグル・レイクで墜落し、乗客14人が死亡しました。この事故は、航空会社の安全文化軽視の典型例といえるものでした。国家交通安全委員会(NTSB)の報告書は、この事故の原因は、コンチネンタル・エクスプレスの整備ならびに検査担当者たちが、整備、品質保証手続を適切に履行しなかったためである可能性が高いと指摘しました。フライト中に水平尾翼に付く氷を取り除くための、ディアイサー・ブーツ(deicer boots)の整備不良により、飛行中に水平尾翼左側にある半可動式の先端部分が離脱し、それにより機体が急激に前傾して、分解してしまったと考えられます。この事故の背景には、コンチネンタル・エクスプレス経営陣が承認された整備手順の遵守を徹底しなかったことと、FAAが査察においてそれを摘発できなかったことがあります。
FAAの規則は航空会社に対して、承認された機体整備手順を遵守し、有能な整備要員を配置して、安全に飛行できる航空機を運行することを義務付けています。また、これらの義務が確実に履行されるよう、検査・整備プログラムを策定するよう要請しています。このインタビューの中で話題にした航空会社がこれらの規則を遵守していれば、事故はすべて防げたはずです。
国家交通安全委員会(NTSB)のジョン・K.ローバー氏(John K. Lauber)は、コンチネンタル・エクスプレスの事故原因に関する反論において次のように述べています。「NTSBは、この事故の原因は、(1)コンチネンタル・エクスプレスの経営陣が、承認された整備および品質管理手順の遵守を奨励し強制する企業文化を醸成しなかったこと、(2)その結果として、同社の整備・検査担当者が水平尾翼のディアイサー・ブーツ交換に関する手順を軽視し続けたことにあると推定する。FAAの査察が不十分であったことも、事故の発生を助長してしまいました。
ローバー氏の所見はその通りだと思います。率直に言って、NTSBのメンバーが調査チームの結論に対してこのような反論をしたのは驚きでした。そのようなことはめったにないからです。ローバー氏が指摘したコンチネンタル・エクスプレス社のように、組織的な機能不全が相次ぐ背景には企業の安全文化の問題があります。ローバー氏の指摘は、アラスカ航空の危険な企業文化に対してFAAの検査官が表明した懸念の内容と非常に似通っています。
NTSBの報告書は、FAAの国家航空安全検査プログラム(National Aviation Safety Inspection Program, NASIP)の不備も事故原因の1つであり、FAAは、事故の主な原因となった進行中の整備作業やシフト交代手順などをより詳細にチェックすべきであったと指摘しています。この指摘は、私個人にとって身につまされるものでした。なぜならば、私はコンチネンタル・エクスプレスの事故に関するNASIP検査チームの一員でしたが、チーム・マネージャーから事故に関連すると思われる箇所の査察は行わないよう指示されていたのです。FAAのマネジメントは、NASIP検査の範囲を制限したのです。チーム・マネージャーは、我々が発見に報告した事項を無視しようと躍起になっていました。私は、FAAに入ってわずか2年目で、FAAが14人の命が奪われた事故が発生した後でさえも、航空会社の名声を守りたいと強く望んでいることを肌で感じました。
FAAの上層部は、安全に関するデータを収集・分析し、安全リスクを特定することの価値を声高に主張しています。しかし、個人的には、安全リスクを評価分析し、FAAや航空会社の業務プロセスを改善するのに必要なデータは既に十分に収集されていると考えています。FAAのマネジメントは、私がこのインタビューで指摘したような安全リスクを除去もしくは低減する措置を講じることに消極的なのです。
FAAに告発者のレッテルを貼られた安全検査官たちは、豊富な知識と経験をもち、自らが見聞きした安全リスクを評価して、懸念事項をFAAの上層部に伝えました。彼らは、報復行為を受けながらも、職務を全うしたのです。
ノースウェスト航空に関する私の一連の経験はまだ終わっていません。私はこれからも、自分が担当する航空会社の安全運行を確保するために努力し続けます。ACFEから賞を頂いたことは、実は私にとってストレスを感じる出来事でした。受賞によって、私のとった行動についてより多くの人が知ることになりましたが、私はそれを望んではいませんでした。FAAのマネジメントにも目を付けられることになりますから。
私は、ACFEセンティネル賞を、私と同じように安全確保に向けて職務を遂行しようと苦闘している同僚たちに捧げます。
特に、アラスカ航空の事故が起こる前に同社の安全に関する問題点を指摘したことにより、解雇されたり、懲戒処分を受けたり、配置転換された検査官たちに賛辞を送ります。彼らの中には、問題を粘り強く指摘したことで、FAAでのキャリアを台無しにされた人たちもいます。公衆の安全を確保するために自分を犠牲にし、社会の信頼を維持するために、苦難に耐え続けたのです。繰り返しになりますが、彼らの地位と名誉を回復しなければなりません。
何か別のやり方で問題解決を図ることはできたと思いますか。
振り返ってみれば、問題に目をつぶって何も指摘しなければ楽だったでしょう。FAAのマネジメントは、問題なし、余計な仕事なしという事なかれ主義を標榜していました。FAAには航空会社の業務を修正する権限を持っていますが、その権限を行使するのはFAAにとっても面倒なことです。現状維持を決め込んでいれば楽なのです。
ノースウェスト航空の一件では、私も家族も非常に辛い思いをしましたが、この苦労がFAAに変化をもたらしたと信じたいです。FAAはいつまでも変わるといい続けるだけでなく、行動に移さなくてはなりません。安全検査官たちが十分な資源と支援を得て、職務を全うできるように。
私の行動により、他の検査官たちが勇気をもって意見を述べられるようになれば、苦労をした甲斐があったというものです。ACFEが私をセンティネル賞受賞者に選んで頂いたことに深く感謝します。(ACFEの教育担当ディレクターである)アラン・バッハマン氏から連絡を頂いた時には、予期せぬ出来事に驚きました。彼は、FAAの倫理規程を丹念にチェックし、私がこの賞を受けることに問題がないことを確認してくれました。
ディック・カローザ
Fraud Magazineの編集長である。