ハリケーン・カトリーナは多くの人々の生活を大きく変えてしまった。企業が生き残ろうと葛藤する中、住み慣れた土地を追われた何千という生存者たちが職を失った。しかし、恥知らずにもこの災害を悪用して、財務諸表を改ざんしている企業が存在する。この記事は、監査人や不正検査士がこの隠された犯罪をどうすれば発見できるのか、その方法を示す。
ハリケーン・カトリーナは1,300人以上の命を奪い、何千という家屋を破壊し、ニューオリンズに住む市民を国中に離散させた。そして程度こそ違え、ハリケーン被害を受けた人々のうち最大50%が心的外傷後ストレス障害(PTSD=Posttraumatic Stress Disorder)に悩まされるであろうと推測する専門家もいる。人々の生活は一変してしまったのである。
ハリケーンは何千という企業にも打撃を与えた。しかし、それはまた、企業が財務諸表を都合よく改ざんする絶好のチャンスも生み出してしまった。良くあることだが、経営者たちは財務諸表不正の実行に駆り立てられるような、ある種の市場プレッシャーを常に感じている。計画値に至らなかった四半期の結果の「修正」という強引な会計処理を始めたことが長期的に継続されて、大規模な不正へと雪だるま式で急速に成長することがある。
ウェイスト・マネジメント社(Waste Management Inc.)の場合を考察してみよう。アメリカ証券取引委員会(The U.S. Securities and Exchange Commission:略称SEC)は、1992年から1997年にかけて、同社の決算報告の改ざんという組織的計画に、経営陣が加担していたと断定した。
これにより、費用は過少申告され、純利益が17億米ドル増加した。四半期財務諸表は、ウェイスト・マネジメント社の定めていた収益目標どおりの数値となるように調整された。収益目標を達成したことで、経営陣は成果ボーナスと高価なストック・オプションを受け取っていた。
ハリケーン・カトリーナの影響を悪用した財務諸表不正も同様である。根底にある動機は多少異なるかもしれないが、結果はやはり同じである。自然災害で受けたマイナスの影響を抑えるために、決算書の数値が「増強(enhanced)」もしくは「やりくり(managed)」されるのである。
不正リスクは、カトリーナによって最も打撃を受けた産業、つまり運輸業、旅行業、ギャンブル業、漁業において最大となる可能性がある。直接的な不正としては、カトリーナ被害後の清掃や修理費用を水増しする請負業者や保険契約者によって行われる不正が挙げられる一方、ハリケーン後に行われる財務諸表操作により引き起こされる不正もある。
しかし、この種の不正に関する明白な事例があまり公表されていないため、財務諸表を不正に書き換える企業が多く存在する。なぜであろうか。自分の顧客が自然災害の犠牲者であるために、監査人たちが同情的だからであろうか。ハリケーンのもたらした苦境全体が、財務の番人に監査業務に対してより寛大な姿勢を取らせてしまっているのであろうか。
被害の規模 (Magnitude of the damage)
ハリケーン・カトリーナ上陸後の人的被害は計り知れないが、自然災害がもたらした金銭的被害総額に関して多くの推計が出された。全米港湾当局協会(American Association of Port Authorities)によると、ルイジアナ港の被害だけで推定17億米ドルを上回るという。アメリカ国勢調査局(The United States Census Bureau)が出した推計では、湾岸地域に住む推定970万人がハリケーン・カトリーナの影響を受けた。何千という企業も同様に影響を受けている。
リスク・マネジメント・ソリューションズ社(Risk Management Solutions)は、保険契約者が被った損失は400億米ドルから600億米ドルと推測している。保険契約のない人々や一部保険をかけていた人々が受けた損害も併せると、数十億米ドルという金額がその数字に加算されると考えられており、この自然災害による経済的損失総額は1,250億米ドルを上回ると推定される。
これと比較して、ハリケーン・アンドリューによる物的損失は推定300億米ドルから450億米ドルであり、これまではこの記録がアメリカ史上で最も被害を与えた自然災害であった。1992年に起こったこの自然災害はフロリダ州南部を襲い、メキシコ湾岸を横切り、ルイジアナ州の海岸地帯に上陸した。この災害で推定25万人が家を失い、8万2千社という企業が損害または壊滅的打撃を被った。
言うまでもなく、ハリケーンは企業に甚大な被害を与え、閉鎖に追い込み、建造物にまでダメージを与えて、短期間で相当な影響を及ぼす。また、その影響は長期的にも残ることであろう。被った損害が保険で補償され、すばやく再建する道が開けたとしても、いまだ企業は事業立て直しの段階にある。特に人口が減少していると思われる現状ではなおさらである。
会計基準 (Accounting standards)
会計原則審議会(Accounting Principles Board 略:APB)による意見書第30号は、「異常で、特殊な、極めて稀に発生する出来事や取引」にまつわる支出の報告を指示している。事実上、ハリケーンが特殊で、二度と発生しないことであると見なされるのであれば、損失は継続事業とは別の項目として表示されることであろう。
しかし湾岸地域という地理的条件を加味すれば、ハリケーンが二度と発生しないと考える人はほとんどいない。すなわち、将来的に再びハリケーンがその地域を襲うことはあり得るのである。ハリケーン・カトリーナが与えた甚大な被害を特殊事項と考えたとしても、ハリケーン自体が与えた損害は継続事業の損益に含まれなければならない。なぜなら、再び同様の出来事が発生する可能性が高いからである。
企業の中には、いまだにハリケーンで受けた損害を特殊事項として報告し、継続事業の損益と分ける傾向にある企業が存在する。特殊な損失を切り離すことで通常の営業活動が強調されることになるので、企業にとってこの会計処理は魅力的である。しかし、これは適切な処理とは言えない。
恐らく財務諸表の取り扱いに精通していない者は、この損失処理と一般に公正妥当と認められる会計原則(Generally Accepted Accounting Principles 略:GAAP)の下に定められた適切な損失処理を区別しないであろう。実際、通常の営業活動からハリケーン・カトリーナで受けた損失を分けて財務諸表を提示することがより公正に思えると多くの人が思っているかもしれない。
不正リスク (The fraud risk)
アメリカ司法省は、ハリケーン・カトリーナに関連した不正スキームに関心を寄せており、政府給付金不正、公共事業契約不正、詐欺的な慈善事業、保険金詐欺、個人情報窃盗に焦点を合わせて対策委員会が組織された。
恐らく財務諸表不正は、特別捜査班が注目している不正よりも損害額が高額になる可能性があるにもかかわらず、そのリスクに対しては何の注意も払われていない。財務諸表不正は非公開会社、公開会社の両方で発生しているが、非公開会社による財務諸表不正は公表されない傾向にある。
財務諸表不正のリスクは、ハリケーン・カトリーナの進路上に位置する企業に限定されるものではないということに注意すべきである。なぜならハリケーンの犠牲者と取引のある企業も、同じく財務諸表を操作するチャンスがあるのである。
リスク:収益の過大計上 (Risk: revenue overstatement)
通常、収益水増しのリスクは、ハリケーン・カトリーナの進路上に位置する企業だけでなく、カトリーナの犠牲者と取引のある企業にも当てはまる。双方の状況において、決算報告に対するプレッシャーが、意図的な架空収益表示を誘発する可能性もある。
フォトラン社(Photran Corp.)の経営幹部は、1995年と1996年の四半期で少なくとも3回、SECへの提出書類上の損失表示を回避するために、架空収益を計上した。この会社は十分な内部統制を備えていなかったため、収益を改ざんすることが可能であった。フォトラン社の架空収益表示の実施のため、経営幹部自身までもが以前の日付にさかのぼって書類を作成する手伝いをした。この不正スキームにより、当時、実際には相当な額の損失を出していたにもかかわらず、最初の有価証券届出書およびそれに続く四半期報告の純利益は過大計上された。
また、ハリケーン・カトリーナから直接的または間接的に影響を受けた企業も、架空収益を計上し、財務諸表を改ざんする可能性がある。したがって、カトリーナの進路上に位置する企業もしくはカトリーナの犠牲者と取引のある企業の収益に対して、監査人は懐疑的な姿勢をとるべきである。
監査人は、災害後に記録された収益に対して特別な注意を払いながら、それらの決算報告の妥当性を考えることが望ましい。恐らく災害から数ヶ月間は、これらの企業の収益は減少傾向を示すはずである。もし収益に顕著な変化が見られない場合、さらなる調査の実施が必要であろう。
リスク:収益認識 (Risk: revenue recognition)
実際、ハリケーンが原因で売上が達成されていない場合、企業は不正に売上を計上する誘惑に駆られることであろう。重機メーカーを例にとると、重機の注文は、納期予定日から何ヶ月もしくは何年も前に発注される。メーカーはその機械の完成が間近に迫っているが、発注者がハリケーン・カトリーナの打撃を受けて、重機を受け取ることができない場合にはどうするのか。
メーカーは、契約履行を強制するための法的な救済を受けられるかもしれないが、恐らく収益認識原則は、強引な売上計上を禁止するであろう。ファストコム・コミュニケーションズ社(FastComm Communications Corp.)は、完成してさえいなかった製品の売上を四半期末に少なくとも2回計上したという申立てを受けて、SECの指摘を受けることになった。これらの収益の不正計上により、第1四半期において企業収益は33%水増しされた。
同様に、完成不可能もしくはハリケーン・カトリーナの犠牲者に納品不可能な機械や製品がある場合には、売上として認識されるべきではない。特に高額商品の場合、受注側が未了の販売を計上する理由は容易に理解できる。
監査人は、期末近くに計上された売上には警戒すべきである。裏づけ書類を精査するのは当然のことであり、可能であるならば、建物内も調査すべきである。
ある監査の折、私は経営者に、ある大型機器を注文した顧客の名前を尋ねた。納入前の機器がほこりをかぶっている様に見えたからである。財務記録を調べたところ、会計年度末が間近に迫っているころに、同名の顧客への販売記録が記されていた。それは実のところ、工場内に置かれた同機器の販売が不正に計上されたものであり、何らかの問題で納品できずに工場内に残されていたものであった。この売上の取消により、会社の最終損益は黒字から赤字に変わった。
リスク:売掛債権の引当金 (Risk: accounts receivable reserves)
ハリケーンが原因で、売掛金が回収不能になる可能性について考えてみよう。ハリケーン・カトリーナで大打撃を受けた企業は、売掛金の支払いが遅延もしくは不能になる可能性が高い。
売掛金が回収できない可能性があると判明した場合、GAAPは、企業が貸倒引当金を計上することを求めている。引当金繰入による費用計上の結果、利益は減少する。
これらの費用の計上を、経営者が避けたがる理由は明白であり、特に額が大きい場合はなおさらである。会社の当年度の財務諸表に損失が出るのみならず、現段階でかなりの数の顧客が倒産状態にあるのであれば、翌年度の売上にも影響が出るからである。
SECは、貸倒引当金と貸倒償却を厳格に計上しない企業を警戒している。ファースト・マーチャンツ・アクセプタンス社(First Merchants Acceptance Corp.)では、1996年に貸倒償却が増大した。この会社は貸倒引当金で損失処理することを避けるため、売掛金を操作し、7千件以上の回収不能口座を正常債権であるように見せかけた。この操作により、1996年の純利益は7,670万米ドルの過大計上となり、SECによる処分を受けた。
売掛金の水増し計上は簡単には発見できない恐れがあるが、監査人は、カトリーナに関係する貸倒償却の発見には万全をつくすべきである。疑わしい顧客は調査されるべきであり、監査人は、それら顧客の事業所在地の割り出しを行うべきである。もし事業所が「カトリーナ地域」に位置する場合、売掛金回収の可能性について更なる調査が必要になる。その他の手段には、翌期の回収状況の確認と調査が挙げられる。
リスク:在庫不正 (Risk: inventory fraud)
多くの会社が共通して毎年挙げている懸案事項は、在庫の陳腐化の問題である。価値がほとんどなくなった古い在庫が発生した場合に、会計基準が定めるとおりに当年度の費用として認識するかどうかの判断は、企業に委ねられている。
1997年から2000年にかけて、デル・グローバル・テクノロジー社(Del Global Technologies)は古い在庫を正しく記録せず、貸借対照表上に正規の価値があるものとして計上し、在庫を著しく水増しした。これにより、経常費用の不正な資本化と併せて、デル社の税引前利益は毎年370万米ドルから790万米ドル水増しされ、純利益合は実際よりも110%から466%過大計上された。
この不正は、会社が監査人用と社内用の二重帳簿を作っていたため、監査人によって発見されなかった。また、経営者自らが偽の書類を作成していたために、発見はさらに困難になった。
ハリケーン・カトリーナが、結果的に在庫償却のチャンスを企業に与える場合もある。商品価値をなくした古い在庫がハリケーンによって破損した場合、保険が適用される可能性もある。しかしながら、その在庫価値の査定に際して、企業が保険金目的で評価額を吊り上げようとする可能性もある。
また企業は、商品価値がなくなった在庫をハリケーンが原因で破損したものと偽って償却する誘惑に駆られるかもしれない。投資家など財務諸表にもとづいて当該企業の価値を判断する人は、陳腐化を原因とする公正な在庫の償却よりも、この種の償却に寛容な傾向にあるであろう。
監査人は、ハリケーンを原因とした償却を厳しい目で調査し、前年度の価値を無くした在庫の保管明細を比較すべきである。もしも、監査人が会社の期末棚卸を監視するのであれば、破損した在庫に目を光らせ、会計処理の正当性を確認するためにさらなる措置を講じるべきである。
リスク:費用の過少申告 (Risk: underreporting expenses)
企業の財務諸表を改ざんする簡単な方法は、費用を申告しないことである。ハリケーン・カトリーナが去った後の清掃と再建には多額の費用がかかるが、企業が財務諸表にそれらの項目を報告しない限り純利益は増加する。
オーロラ・フーズ社(Aurora Foods Inc.)を例にとって考えてみよう。1998年と1999年、会社の上層部は貿易流通費用を4千3百万米ドル以上過少申告し、社外監査人の目を欺いた。この重大な虚偽記載により、同社の純利益は4千3百万米ドル水増しされた。
財務不正に経営者側が積極的に関与している場合、不正が発生していると判断するのは非常に困難であろう。監査人は(ハリケーン被害の復旧に関わる)清掃関連費用を洗い出すべきである。そのような費用が存在しない場合は、それを重大な問題として取り上げ、監査人は懐疑的な姿勢で清掃と再建コストの所在に関する調査を実施すべきである。
リスク:費用の不正な資本化 (Risk: improper capitalization of expenses)
発生した費用を一括計上するよりも、費用を資本化して、数回の会計年度に繰り延べて計上したいと経営者は思うことであろう。カトリーナ被害後の清掃や再建に関連する費用も例外ではない。これらの費用はかなりの金額になる可能性が高く、経営幹部には同じような不正なインセンティブが働くであろう。
費用の資本化が絡む最も有名な不正は、ワールドコム社(WorldCom Inc.)によるものである。2001年と2002年始めに何十億米ドルという営業費用が資本化された。これにより損益計算書に記載された費用は減少し、その結果、会社の純利益が水増しされることになった。
ハリケーン後の清掃費用の多くは、将来の会計年度に寄与しないものであるから、資本化されるべきではない。重要な設備や建物関係の修理や取り替え、建替えの場合、資本化は適切な処置と言えるかも知れないが、その場合には当該固定資産の状況を容易に確認できるはずである。
社外監査人を置く企業では、理論上、費用の不正な資本化は通常発生しない。資本化の規則は極めて単純であり、監査人が資本計上された項目を注意深く調べれば、不正に記録された処理は表面化するはずである。しかしながら、経営者側が、資本化したい項目の会計処理を実施するために架空書類を作成した場合、よほど細部まで突き詰めないと不正を発見しにくい。
リスク:保険金受取勘定の水増し (Risk: overstatement of insurance receivables)
現在の会計基準にもとづく損失の技術的な処理に関する規則に加えて、経営者側は支払われる保険金の正しい処理についても考慮しなければならない。適切な保険に加入している企業は、資産損失と事業機会損失の大部分に対して補償を受けることができるであろう。しかしながら、保険金額の確定及び支払いには時間を要する場合もある。
それゆえ、ハリケーンの被害を受けた企業が提出する今年度の年次報告書の少なくとも第3及び第4四半期においては、湾岸地域では収益の減少が予測されることに注意を払うべきである。この災害が不測の事態であったと判断され、保険金の支払額の見積りが正当な理由にもとづいて作成されるまで、企業は保険金による損失回復を計上すべきではない。
もしも企業が当年度の財務諸表に保険金受取勘定を盛り込んだ場合、監査人は原書類を厳しい目で調査し、それに関して経営者に質問すべきである。監査人は、保険会社がそのような支払いに同意したのかどうかを解明する必要がある。これらの作業は、裏づけを取ることで遂行されるであろう。
リスク:カトリーナ被害による損失への偽装 (Risk: disguising losses as related to Katrina)
ハリケーン・カトリーナにまつわる損失は、通常の必要費用と合わせて計上されるべきであるが、経営者が恣意的にこれらの項目の重要性を強調する傾向がある。その場合、企業にとっては通常業務で発生した経常損失をカトリーナにまつわる損失として偽装することも考えられる。
ハリケーン被害関連の勘定に最も紛れ込ませやすい費用は、修理や清掃関連のものであろう。監査人は裏づけ書類を調査し、項目がハリケーン関連のものかどうかを見極める必要がある。不審な項目については、さらに徹底的な調査が実施されるべきである。そして監査人は業者と接触し、提供された製品及びサービスの本質について質問することを考慮に入れるとよいであろう。
同情的であれ。但し、懐疑心を維持せよ。 (Be sympathetic but skeptical)
実際、カトリーナによって引き起こされた不正には、他の財務諸表不正と異なるであろうか。私はそうは思わない。しかし、ハリケーン・カトリーナがさらなる不正の手口を生み出したことは間違いない。
このとてつもない自然災害によって影響を受けた人々や企業に対して、ほとんどの一般市民が同情的であると思うが、その同情心ゆえに、決算報告に対する懐疑心が失われてしまう可能性がある。監査人は、年次報告書へのハリケーンの影響を考えるあまり、経営者による情報操作の旋風に巻き込まれて本当の事実が失われてしまわないように注意すべきである。
不正検査士として、潜在する不正を発見し、地域の人々が被る災難の増大を回避することが重要である。
トレイシー・L・クーネン(Tracy L. Coenen, CFE/CPA)
ミルウォーキーとシカゴにある法廷会計事務所、シークエンス社(Sequence Inc.)の代表取締役である。