執筆者:Liza Ayres, Contributing Writer
2019年アカデミー賞国際長編部門など2部門にノミネートした、アレクサンダー・ナナウ監督の映画「コレクティブ 国家の嘘」 は、2015年に起きたルーマニアの悲劇的なナイトクラブ火災により明らかになった巨大な医療汚職を取り上げた作品だ。ルーマニアの歴史の中でも最悪の被害を出した火災だったが、命に別状はなかったはずの被害者数人が次々と亡くなり、市民はナイトクラブ火災と汚職にまみれた医療産業との因果関係を調べ始めた。この出来事はルーマニア政府の医療制度への怒りを呼び、内部の秘密をメディアに告発するきっかけとなった。ナナウ監督による悲痛な描写は、特に生死が関わる場面において内部告発者の行動を促す掛け声となっている。
あるバンドのニューアルバムのリリースを祝うためにナイトクラブ「コレクティブ」に集まっていた客は、火花があっという間に広がる可燃物を使った派手な演出に驚いた。その場で死亡が確認された27人の大半は有毒物質を吸い込んでいたほか、少なくとも180人が火傷を負って病院に搬送され、うち37人以上がその後数カ月で死亡した。
政府の役人は、危篤状態の患者は適切な治療を受けており、ルーマニアの医療インフラは欧州の医療基準に合致していると繰り返し説明していた。しかし被害者が事件後数週間のうちに次々と亡くなり、被害者の家族や友人は、被害者が別の国の救急医療を受けていたら助かっていただろうと疑問の声を上げ始めた。病院の医療体制や医師の過失によって被害者が亡くなったという噂は瞬く間に広がった。大規模なデモが起き、首相と保健相は辞任に追い込まれた。
映画は、公立病院の管理ミスや火災につながった汚職を調べるルーマニアのスポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の調査報道記者のグループを軸に展開する。このような事件は普通スポーツ紙が取材するものではないが、内部告発者は彼らが真実を伝え政治的バイアスに合わせて捻じ曲げることはないだろうと信じて情報を伝えたと後に明らかにしている。ルーマニア国民は、普段スポーツ選手の成功や挑戦を追っている新聞によって最良の事件報道が行われている同国のメディアの状態に疑問を持った。
「ガゼタ・スポルトゥリロル」のジャーナリストは、消毒液を350の公立病院に納品しているHexi Pharmaという製薬会社を調査し、少なくとも2000の手術室で薄められた消毒液が使われていたことが明らかになった。この会社は自社の製品の宣伝に偽造書類を使い、薄めた消毒液が病院に引き渡され違法に使用されていた。
スポーツ紙がスクープした後、各社の記者は保健相のコメントをとったが、彼がコメントした内容は漠然としており、かえって職業上の違法行為と品質管理の欠如への疑いを深める結果となった。加えて、政府の諜報機関のメンバーの一人が、病院に対して8年以上にわたって薄められた消毒液のせいで患者が死んでいるという内容の何百もの書類を送っていたと明らかにしたが、病院側は一貫してその報告書は紛失しており消毒液は適切に使われていたと主張した。
Hexi Pharmaをさらに調べると、会社幹部のDan Condreaが自社の商品を使うよう政府に賄賂を送る病院管理のシステムを作り上げていたことが判明する。Condreaは海外から製品を仕入れて支払った額の7倍の価格で原材料を売りさばいていた。彼は少なくとも300の病院に商品を卸していて、年間380万人の命を危険にさらしていた。後に政府は消毒液の初期試験に矛盾があったことを公表し、Hexi Pharmaのラボで試験された消毒液は全て希釈されていた。その直後Condreaは交通事故で疑惑の死を遂げ、証拠収集が妨害されて適切な捜査ができなかった。
調査により多くの犯罪情報が明らかになり、命に別状はない火傷だった患者が死に続けたことで、元医師がルーマニアの医療体制そのものを告発する選択をした。この内部告発者は、医師は患者ではなく金のことだけを気にして「もはや人間ではない」とまで言った。彼女は何を言うべきなのかわかっていた。
ジャーナリストや新しい保健相への説明の中で、この内部告発者は病院における汚職と管理体制のまずさの程度を詳述した。大半の病院経営者は政党で管理職を務めたというだけでその地位に就任しており、医師は賄賂を受け取って特定の患者の治療を優先していたという。病院の会計担当だった人物は数千万ドル相当の偽の請求書を作成し病院経営者が病院の金を盗んで個人的な支払いに使っていたことを認めた。
さらに、事件当時の保健相は大半の患者がベッドを共有せざるを得ない混みあった建物に火傷を負った被害者全員を搬送させたと認めた。彼はルーマニア国内の病院では火傷患者の治療ができる設備がないことを知りながら、患者がより良い治療を受けられるだろう国外に移送する費用を払いたくなかったのだ。
内部告発者は、医師らが明らかに患者を無視していると説明した。被害者の顔をシーツで覆ったために病院のスタッフは彼らの顔を見る必要がなかったと彼女は証言した。さらに彼女は、被害者の顔にウジ虫がわいている動画を保健相に見せた。消毒液が満足に機能していなかったのに、スタッフは事態を改善する手立てをほとんど講じなかった。
映画は新しく就任した保健相が汚職の深層を明らかにし、何かを直すにはシステム全体のオーバーホールが必要だという認識を得る様子を追いかけている。彼は新しい病院経営者に対して厳しい規制を設けたが、彼が指摘した「選択するプロセス全体が芯まで腐敗している」という事実に落胆していた。彼は汚職を撲滅するためには全てを再構築しなければならないと悟った。
映画の最後では、初期の汚職の責任がある社会民主党が選挙に勝ち、公立病院は法的な資格を満たしていない者を病院経営者に任命した。映画で取り上げたテーマのいくつかは状況が改善されず希望が持てない。
憂鬱な気持ちの中、ナナウ監督が明らかにした忘れられない真実は、汚職が何年もチェックされずにいたということだ。彼の作品が提示するのは定期的な公共機関の監査の重要性と、不当な状況の中で前に進む内部告発者の力強さだ。
英文タイトル :“Collective”: An Exposé of Vast Heath Care Fraud in Romania
英文記事リンク:https://www.acfeinsights.com/acfe-insights/collective-exposes-vast-heath-care-fraud-romania
原文掲載日:2021年8月27日
翻訳:ACFE JAPAN事務局
※わかりやすさを優先させるため、意訳を行っています。ACFE JAPAN (一般社団法人 日本公認不正検査士協会) 公式の邦訳とは異なる表現を使用している場合があります。