ブラックス法律辞典(Black’s Law Dictionary)によれば、名誉毀損とは「出版または公の場で発せられた、意図的で、機密特権のない、虚偽の情報が、他の評判や名声を傷つけること」と定義される。
米国では、名誉毀損は各州法によって異なる不法行為であり、刑事訴訟の対象ともなり得る。1(名誉毀損法ならびにそのための抗弁は州や国によって異なる。従って、本稿にて取り上げられる概念は一般的に多くの地域で適用されるものだが、自身が置かれている州、国、司法管轄における特定の法律を理解することが重要である。必要であれば地域の弁護士に相談をしよう)。
虚偽の中傷的発言は文字の通りである。特権なく公表、発行するということは、発言が口頭もしくは文書にて中傷された当事者とは別の人物とやりとりされることを要件とする。発言は中傷されている対象が十分明確でなければならない。例えば、「ティーンエイジャーは詐欺師だった」という発言は名誉毀損を申し立てるには明確さの点において不十分である。
最後の要因について言えば、原告への損害が要件とされる一方で、やりとりが実害(の証明)なしに成立する名誉毀損と捉えられると損害が推定される。実害(の証明)なしに成立する名誉毀損は、職業的特性や名声への非難、またある人物の背徳的行為という犯罪についての主張を含む。後者はCFEや調査官にとって大きな懸念事項となっている。一般的に、原告は今もなおコミュニティーにおける評判や名声の損害、自己負担費、精神的苦痛や苦悩の提示を求められている(補償的損害賠償に加え、原告は発言に悪意があったことを証明することで、懲罰的損害賠償を回収することができる可能性がある。例えば、意図的に原告を傷付けようという意図は、それに先立つ反発、敵意、脅迫、対抗などによって証明される)。
ACFE倫理規程 (ACFE CODE OF ETHICS)
ACFE倫理規程には、特にCFEにとって名誉毀損を困惑させる要素が記されている。
不正検査士は、不正検査において意見を述べる場合には、その根拠となる証拠その他の資料を入手する。但し、個人もしくは団体 の罪状については、一切意見を述べてはならない。(下線部分は引用者による)
有罪か無罪かに関する個人的意見の禁止は裁判の際だけではなく、契約上において(またさらには契約終了後も)適用されるのである。多くの場合、調査や審査の過程で多忙を極め、没頭したり、興奮したりすると、意図せずこの規程に違反してしまうことが考えられる。例えば、同僚に「Y氏は有罪だ」とか「X氏は盗みをしていた」などと言ったことがあるだろうか。これらの発言が名誉毀損かどうかと問われれば、おそらくそうであろう。これがACFEの倫理規程を違反していることになるかと言われれば、違反しているのである。実際には、同僚との意見交換は例えそれが中傷的であったとしても名誉毀損訴訟に繋がるケースはほとんどない。
多くの司法管轄では、同僚間の発言は、通常条件付きで機密特権となる。一対象に対する責任と利害関係を持っている人物間の発言であるためだ。また類似する責任と利害関係を持っている別の人に発せられた発言についてもこれが適用される。
リスクの最小化と法的責任の回避 (MINIMIZING RISK AND AVOIDING LIABILITY)
ここまで読み進め、中傷的にならずに意見や結論を述べたり、クライアントとコミュニケーションを取ったりするにはどうしたらいいのだろうかと困惑しているに違いない。もしくは、過去の調査を思い起こして不注意にも中傷的な発言をしただろうかと思いめぐらせているかもしれない。潜在的名誉毀損訴訟を招いたり、職業基準に違反したりすることがないように心がけることのできる簡単な方法がある。以下に注意して、中傷的発言のリスクを確実に最小化しよう。
不正という言葉(The “F” Word - Fraud)
我々は日常的に不正に携わっているが、多くの人にとっては不正という言葉は否定的で深刻な言葉であることを留意すべきである。不正は詐欺行為であり、窃盗や強盗と同じ土俵の上にあるので同僚との会話の中でこの言葉を使用する際に注意が必要である。
一般的、全体的に不正に言及するとよい。例えば以下の通りである。
- 「不正の証拠があります」
- 「この企業は不正の被害にあっている可能性があります」
- 「どうやら不正が行われていたようです」
例えば以下のように対象を特定するような明確な表現は避けよう。
- 「ジョンが不正を働いたのです」
- 「ジェーンがどうやらこの不正に関与しているようです」
- 「彼らは詐欺師です」
適切な修飾語の使用(Well-Placed Modifiers)
以下の言葉を記憶するとよいだろう。必要ならば腕に入れ墨のように刻みこんで欲しいほど大変重要な言葉である。
- 疑わしい、疑惑のある
- 思われる
- おそれがある、考えられる
- おそらく
- かもしれない、可能性がある
- ということもあり得る
正しい修飾語句や限定詞を使用することで、中傷的な表現が容認可能な表現になる。
不正や潜在的犯罪行為について直接的に言及しなければならないときには、以下のような表現を用いることができる。
- 「不正を疑われる行為は経理部が発端となっていた」
- 「ジョンが不正を働いたと疑われている」
- 「ジェーンは窃盗に加担した可能性がある」
- 「スタンは金銭を着服したおそれがある」
証拠の使用(Use the Evidence)
意見は証拠に基づいて発言しよう。これはACFE倫理規程で定められている明確で基本的なテーマである。従って名誉毀損のリスクを最小限に留めるためだけではなく、ACFEの基準に順守することにもなる。
例えば以下のように発言(または文書)にしよう:
- 「この証拠が示すところによると、スーは不正のスキームに関与しているかもしれません」
- 「この事件にかかる証拠を再調査したところ、カールの窃盗容疑が裏付けられます」
編者的意見の回避(Avoid Editorial Comments)
CFEや調査官は通常堅苦しさを和らげるために意図せずに編者的な立場からの意見を述べてしまう。「正直なところ」、「個人的には」、「率直に申し上げますと」のような言葉で始められる話し言葉は正式な報告書にはあってはならない。
推論的発言の回避(Avoid Conclusory Statements)
ACFE倫理規程によりCFEが有罪か無罪かの見解を述べることを禁じている理由は単純なものである。我々は証拠を評価し提示することに責任を負っている。CFEでも調査官でもなく陪審員が、有罪か無罪かを決定する責任を負う存在である。(注:もし容疑者が有罪判決を受けていたり、自白したり、罪を認めている場合は、名誉毀損に関する事項の多くは議論の余地がある。しかしながら、その行為に関する情報を持っていることや、関与していたかもしれない人物が他にいる可能性が十分ある。起訴されていない人物について調査、議論、報告する際は十分に注意を払うべきである)。
そのようなケースについて意見を強く求められた場合は、以下のように受け答えることができる。
- 「不正疑惑行為にビルが関与していたかもしれないと示唆する証拠があります」
- 「陪審員が証拠を基に、ジムが窃盗を働いたと結論づける可能性があると私は思います」
司法管轄を知る(Know Your Jurisdiction)
各司法管轄には調査における多様な規定や規則を有している。実際に、アメリカの多くの州では調査官を認定する組織が存在するほどである。CPAやCFE、金融や会計に関連した調査官をしている者は通常、ライセンスが免除されるが、自身の州または司法管轄にて特権が適用されるかを忘れずに確認しよう(後述の名誉毀損の防御参照)。
専門職業賠償責任保険への加入(Obtain Professional Liability Insurance)
多くの専門職業賠償責任保険が、専門職業人の業務内の行為を保証している。これらの保険にはもちろん多数の例外が設けられている。また、多くの専門職業賠償責任保険は、被保険者が起訴されれば、弁護人を提供し、弁護費用を支払う。
名誉毀損の防御 (DEFAMATION DEFENSES)
本稿は名誉毀損へのリスクの最小化、またその回避が目的であるのにもかかわらず、名誉毀損の弁護について話すのはいささか矛盾を感じられるだろう。しかしながら、CFEや調査官として一般的な防御策容認される弁護がどのようなものかを知っておくことは役に立つかもしれない。
真実(Truth)
真実は、名誉毀損の際に絶対的な弁護となる。しかしながら、不正疑惑に対する事実がいかに確実なものであったとしても、(申し立てにつき審理される側である以上)陪審員は同意しない可能性があることを留意しよう。よって、いかに確信が持てることであっても、事が終結する時には、真実は味方をしないこともある。
機密特権(Privilege)
裁判での証人の発言、裁判で弁護士が行う討議、立法機関で議員が述べる発言、裁判官が審議の際に述べる発言は、どんなに理不尽な内容であっても通常機密特権が適用され、名誉毀損とみなされない。
- 会計士とクライアントの機密特権(Accountant-Client Privilege)
いくつかの司法管轄では会計士とクライアントの機密特権が認められ、会計士とそのクライアントの間で交わされたやりとりが保護される。しかし、会計士でない人物が調査を行っている場合にはこの特権は適応されないことを留意する必要がある。
- 弁護士とクライアントの機密特権/弁護士の収集した情報にかかる秘匿特権における原則(Attorney-Client Privilege/Work Product Doctrine)
これは弁護士が弁護士に代わって調査をする代理人を雇用した場合に適用される。しかし、その代理の調査官が第三者(例えば、弁護士またはクライアント以外の人物)に対して述べた発言は一般的に保護されないので留意すること。
- 一般的に調査官の機密特権は存在しない2(There’s generally NO investigator’s privilege!2)
アメリカのほんの一握りの州が、広範な犯罪調査の一部として調査や、法執行機関の指示により調査をしている会計士に特例を設けている。
- 企業及び事業体(Corporations and other entities)
同じ企業内または別の事業体との幹部や役員間で交わされた発言は「公表された」(またはやりとりされた)とはみなされず、名誉毀損の申し立ての裏付けとはならない。つまり発言は社内で行われており、「公表」されておらず、第三者とやりとりされているのでもない。このため人事部はかなり自由に調査をしたり従業員の行動について話し合ったりすることができるのである。
著名人(Public Figures)
有名な俳優や、監督、政治家などの著名人が名誉毀損事件を立証するにはより高い敷居がある。一般的に、名誉毀損訴訟に持ち込むためには犯意(非常に高い基準のもの)を証明しなければならない。
意見対事実(Opinion vs. Fact)
全てではないがいくつかの司法管轄では、単なる私見と事実を区別している。例えば、「ジョンはあまり賢くない」という発言は意見であるが、ジョンの成績や能力、教師のコメントなどを分析し公式報告書にまとめ公表すれば、単なる私見以上のものとみなされる。
口を慎む (TIGHT LIPS)
名誉毀損は複雑であり、CFEや調査官が完全に熟知するには難しい問題である。慎重に答えや回答が練られるかによって、大きな成功で終わる仕事と名誉毀損訴訟に直面する仕事との違いが生まれる。調査の際に「悪口雑言」を用いるときは用心しなければならない。また、犯罪疑惑行為にまつわる何らかの訴訟の可能性がある場合は、調査に渡り細部へ注意を払うことが大変重要だということを意味している。最後に、問題の解決策にはならないものの、時に「口は禍の門」という古い諺を思い出すのも悪くないだろう。
ジェフ・ウィンダム(J.D.,CFE)
不正・法廷検査官兼コンサルタントで、アラバマ州バーミングハムのフォレンジック/ストラテジック・ソリューションズPC(Forensic/Strategic Solutions PC)にて社内弁護士を務める。