本稿の前編で登場した架空の内部監査ディレクター、ボニー・パーカーが率いるチームは不正リスク評価を終えた。その結果、アフリカの販売部門で働く21人について、政府関係者との不適切な関係という明らかな不正の兆候が疑われたため、彼女らは追加の検査を実施する必要があると判断した。パーカーは、汚職の証拠を見出すため、同部門のEメールに関して「汚職ライブラリ」のキーワード検索を実施しようと考えた。
内部監査チームは、キーワードのリストをカスタマイズし、社内で使われている隠語や業界や調査対象地域に特有のキーワードを盛り込む工夫を凝らした。IT部門と協力して、サーバ内に保存されている、21人の調査対象者が過去90日間に交わしたEメールのデータを収集した。その際には、社内の法務室と連携し、会社が採用しているEメール記録の取扱方針を遵守するよう留意した。
この例においては、このような調査分析を行うことを対象者21人に知らせる必要はない。なぜならば、内部監査部門は対象者各自の端末のハードドライブを検査するわけではなく、単にEメールの内容が保存されている会社のサーバにアクセスするだけだからである。この段階はまだ不正調査ではなく、不正防止・発見のための積極的なモニタリングの一部といえる。しかし、米国外でデータを収集する場合には、特にヨーロッパ各国においては、データ・プライバシーに関する国際法が適用される可能性がある。そのため、国外でEメールデータをチェックする際には、事前に法的なアドバイスを得ることが重要である。
ここで若干の数学を (NOW FOR A LITTLE MATH)
(1)インセンティブ/プレッシャー関連用語(Pスコア)、(2)正当化関連用語(Rスコア)、そして(3)機会関連用語(Oスコア)を含む「汚職ライブラリ」をもとにEメールの検索を行った結果、パーカー率いる内部監査チームは、3つのスコアを総合した「不正スコア」をもとに調査対象の21人をランクづけした。不正スコアは各スコアの2乗を合計したもの(√O2+P2+R2)であり、それをもとにパーカーはランキングのリストおよびプロット図を作成し、各スコアの上位3名を見出した。不正のトライアングル理論によれば、この3名が汚職に関与した可能性が最も高いと考えられる。
この結果をもとに、パーカーは、3人に関して追加のEメール「テキスト」分析手続を実施することができる。この手続を進めるにあたっては、以下のような着眼点を含めるとよい。
- 誰が誰とやりとりしているのか?(ソーシャル・ネットワーク分析)
- 何について?(概念クラスタリングおよび自然言語処理)
- どのくらいの期間にわたって?(時系列分析)
対象を21人から3人に絞込み、上記の着眼点からテキスト分析を実施することにより、パーカーは、書類を1つずつチェックする手間を省きつつ、主要なリスクや不正行為の疑いを効率的に識別することができる。
不正のトライアングル分析論と不正対策への取組み
(FRAUD TRIANGLE ANALYTICS AND YOUR ANTI-FRAUD EFFORTS)
Eメールデータに基づく内部調査を実施したならば、不正のトライアングル分析論を組織の不正対策プログラムに組み込むことができる。このプロセスの鍵を握るのは、不正のトライアングルの3要素に関連したキーワードを3つに分けてリスト化することである。
不正のトライアングル分析論の可能性 (FUTURE POTENTIAL FOR FRAUD TRIANGLE ANALYTICS)
世界的な経済情勢が収益目標達成へのプレッシャーを強め、人員削減による内部統制の弱体化をもたらす中で、不正リスクの嵐が吹き荒れている。そして、ボーナスがカットされる一方で仕事量が増える状況下では、不正を正当化する従業員も増えるかもしれない。世界中の企業が不正リスクに積極的に対応するためのプロセスと方法論を模索している。
本稿に示した概念は、従業員のEメールの内容を分析することから、前例のない「行き過ぎた」やり方と感じる向きもあるであろう。確かに、この方法は、ACLやマイクロソフトのエクセル、アクセスを使った従来の仕分記入分析とは異なる。それらのツールは通常「規則に基づく(ルール・ベースの)質問」に依存するもので、監査人には既知の事実をベースに「データに関する質問をする」ことが要求される。このアプローチを用いて不正行為の兆候を含む異常値をデータの中から発見するためには時間が掛かり、かつ運次第という場合も多い。
しかし、我々は、既に確立された不正に関する理論に新たな技術を組み込むことにより、企業における不正発見への取組み強化を支援したいと考えている。不正のトライアングル分析論を従来のルール・ベースの分析論を組み合わせれば、リスクの高いビジネス事象を取り巻くEメールのやりとりにおける多面的な属性分析を通じて、重大な異常値を検出するための強力なツールとして活用することができる。そのうえで、検出した異常値を帳簿記入の内容と再び関連付けることで、貴重な裏づけ証拠とすることができる。
不正のトライアングル分析論は、十分な統制手続が存在しなかったり、無視されてしまったりしているようなリスクの高い分野に焦点を合わせる。したがって、組織の不正リスク評価能力を高めるために最適な手法である。
今回ACFEと共同で作成したキーワードのリストは、今後我々が様々な業界のクライアントに関する不正調査や未然防止のための不正リスク評価を重ねる中で、さらに充実していうであろう。このE&Y/ACFEキーワード・リストは独自に開発されたものであり、今後も資源を投じながら、我々のクライアントにのみ利用可能なツールとしてライブラリのアップデートを続けていく。しかしながら、各企業には、過去の不正リスクや経験をもとに、独自のキーワード・ライブラリを構築することを強く推奨する。E&Yと同様に不正のトライアングル分析論を既に活用している企業も、既存のリストのアップデートを怠ってはならない。なぜならば、不正リスクは絶え間まく変化するからである。企業が国際化するにつれて、賄賂や汚職の問題、そしてFCPAの遵守は経営者の重大な懸念事項となる。それに応じて、汚職リスク関連のキーワードの国際化も必要となる。例えば、ブラジルにおいて「コーヒーを一杯買う」という表現が、賄賂を渡すことの隠語として使われることがある。
E&Yの世界各国の事務所の協力を得て、我々はキーワード・ライブラリを、中国語、スペイン語、ロシア語を含む6ヶ国語に翻訳し、各地域に特有の慣用句も追加した。最終的には、E&Yがビジネスを展開する140カ国における慣用句を含むライブラリを作り上げることを目標としている。
コスト削減と不正抑止 (CUTTING COSTS, DETERRING FRAUD)
事件発生後の不正調査において、容疑者のEメールの内容に不正を強く疑わせる証拠が見出されたことには目を見張るものがある。しかし、リスクの高い領域において不正が疑われる者たちが作成した何千件ものEメールから積極的に不正の兆候を探知する任務を受けた不正検査士は、どう対応すべきか戸惑いがちである。
不正のトライアングルの理論を活用した分析を定例的に実施すれば、不正を早期に察知することにより、調査プロセスを簡略化し調査・訴訟に係る費用を節減することが可能となる。不正リスクに関する従業員への教育訓練を実施し、不正リスクへのエクスポージャーが増大している領域に関する理解を深めることにより、組織全体の不正リスクへの認識を高めることができる。
不正リスクを根絶することはできないが、本稿で紹介した不正のトライアングル分析論は最新の不正リスク発見方法であると考える。監視など他の不正リスク統制手段と併用すれば、強力なツールとなる。いつの時代にも不正を犯す者はおり、この分析論がすべての不正を発見できるものではないが、不正の減少や早期発見には資するであろう。
執筆者のダン・トーピー氏(CPA)、ヴィンス・ウォルデン氏(CPA, CFE)、マイク・シェロド氏(CPA, CFE)は、アーンスト・アンド・ヤングの不正対策・係争サポート部門に所属している。
執筆者は、本稿の執筆にあたり、以下の方々の支援に謝意を表する(敬称略)。
- ACFE調査担当ディレクター、ジョン・ギル(J.D., CFE)
- ACFE会計分野エディター、ドーン・タイラー(CFE)
- ACFE調査プログラムマネジャー、アンディ・マクニール(CFE, CPA)
- アーンスト・アンド・ヤング、パバン・ジャンキラマン(CFE)
- アーンスト・アンド・ヤング、アニル・マーコス(CISSP)
- アーンスト・アンド・ヤング、ジェイムズ・ファング
本稿に示された見解は著者のものであり、必ずしもアーンスト・アンド・ヤングLLPの見解を反映するものではない。