世界中で、企業がBMPE(Black Market Peso Exchange, 闇ペソ交換システム)の犠牲となっている。読者の会社も危険に晒されているかもしれない。会社の防衛策を以下に紹介する。
中米の当局が米国関税局(U.S. Customs Service)の要請を受け、「フォーチュン500(Fortune 500)」に入る有名自動車メーカーの高級車1台を押収した。車の最終目的地は南米、購入者は模範的な職歴を持つ南米の裕福な医者だった。続いて信じられないことが起こった。米国関税局の捜査官が、自動車メーカーの口座の20万米ドルを凍結したのだ。捜査当局は、同社が4つの銀行口座から1件5万米ドルずつの第三者からの電信送金4件を通し、麻薬取引の利益を受け取った疑いがあると主張した。後から分かったことだが、医者は割安な購入方法を見つけ、そうとは知らずに小売価格の80パーセントのみを現地の通貨で現地の仲介人を通して支払っていた。驚いたことに、車の代金の送金者は購入者である医者と何のビジネス関係にもなかったため、当局は医者を電信送金と結びつけなかった。自動車メーカーにとっては不運なことに、銀行業務の規制や統制は会社を守ってはくれなかった。同社は本件で裁判を起こしている。金が麻薬取引の利益とつながっていたかどうかに関わらず、同社はBMPEの標的となったのであり、その後始末に苦しむことになるだろう。
マネーロンダリング (MONEY LAUNDERING)
「インベストピア用語集(Investopedia Dictionary)」 は、マネーロンダリング(資金洗浄)を「麻薬取引やテロ活動などの重大な犯罪から得た巨額の資金を、合法的な出所からのものに見せかける仕組み」と定義している。
IMF(International Monetary Fund, 国際通貨基金)によると、マネーロンダリングの規模は世界全体のGDP(Gross Domestic Product、国内総生産)の2から5パーセントという、想像を絶するほどの大きさだという。
1970年に制定された銀行秘密法(Bank Secrecy Act)は、米国におけるマネーロンダリングの発見・防止のための初の試みだった。しかし、1980年代初めには銀行はこの法律を広く無視していた。BMPEは、PBS(Public Broadcasting Service, 公共放送サービス)の番組「フロントライン(Frontline)」の特集、「闇ペソのマネーロンダリングの仕組み(The Black Peso Money Laundering Systems)」 (制作:オリアナ・ジル[Oriana Zill]/ローウェル・バーグマン [Lowell Bergman])によって世間に知られるようになった。1980年代フロリダのIRS(Internal Revenue Service, 国税庁)捜査官を務め、同ドキュメンタリー番組でインタビューを受けたマイク・マクドナルド(Mike McDonald)は次のように述べた。「80年代、麻薬密売人はマイアミから現金を密かに持ち出し、銀行にどっさり預け入れていた。12人の特定人物によって、年間2.5億米ドルもしくはそれ以上の資金が無利息の当座預金口座に預け入れられていたが、CTR(Currency Transaction Reports, 現金取引報告)が提出されたケースはあったとしても少なかった。」
そして現在、米国はマネーロンダリングの取り締まりに、2001年に制定された米国愛国者法(USA PATRIOT Act)を適用している。しかし麻薬密売人は、法の目を潜り抜けるために斬新で巧妙な手口を模索している。彼らには、コカ生産者への支払いや密輸の資金、そして高級車や高級住宅の購入のために現地通貨が必要なのだ。
最高の手口、BMPE (BMPE:METHOD OF CHOICE)
麻薬密売人は、BMPEをマネーロンダリングの主要方法として取り入れている。米国政府刊行の「2005年米国マネーロンダリングの脅威査定」によると、「西半球における貿易に基づくマネーロンダリングの最も一般的な手法はBMPEだ」という。米国財務省のテロ資金・金融犯罪局(Terrorist Financing and Financial Crimes Unit in the U.S. Department of Treasury)の次官補フアン・カルロス・サラテ(Juan Carlos Zarate)は、2005年2月16日に下院金融サービス委員会の監査・捜査小委員会に出席し、次のように述べた。「BMPEは、米国の金融システムを利用した洗浄方法に代わる、より洗練された手法として1980年代に出現した。その手口は、ほとんどの場合コロンビアの麻薬利益と関連付けられるが、南米およびカリブ海地域で主に使われている。」
実のところBMPEは、コロンビア側がコロンビアの金融機関で米ドルを取引する際、輸入許可書やコロンビアに納付する税金の支払い証明を求めるようになってコロンビアの密輸業者が発明したもので、麻薬密売人は彼らからそのシステムについて学んだ。
(通常このシステムは、法律を遵守する外国在住のコロンビア人ビジネスマンが、コロンビアの金融システムの情報を利用して本人やその家族を狙い強奪、窃盗、誘拐を企てる犯罪者から、コロンビアでの購入記録を隠すために利用している。)
残念なことに、BMPEは公にされておらず、マネーロンダリングを行う者や麻薬資金洗浄担当の連邦捜査官以外には広く知られていない。今日の世界貿易において、ビジネス界の誰もがBMPEについての知識を持っていることが求められる。
BMPEの仕組み (HOW BMPE WORKS)
貿易に基づくマネーロンダリングには、貿易関連文書のごまかしや輸出入品の過剰もしくは過少払い、宝石・貴金属の購入など様々な方法がある。(上図参照)
麻薬利益をCFO(Chief Financial Officer, 最高財務責任者)にとって最悪の事態へと変貌させる過程は複雑である。麻薬密売人は、まず麻薬を消費国(例えば米国、ヨーロッパ、アジアなど)へ密輸する。麻薬が売られた後、「汚れた」収益を麻薬密売人の国の通貨に交換し、出所が違法である麻薬の売り上げだということを隠すために洗浄しなければならない。金融システムは使えず、また空港・開港での取り締まりの強化により麻薬の売り上げを飛行機で自宅まで運ぶことができなくなったため、麻薬密売人は仲介者やブローカーを使って麻薬利益を自国の通貨に交換・洗浄する。
麻薬密売人とブローカーは、一般的に政府の公定為替レートより約20から50パーセントほど割安のレートで通貨をペソに交換する交渉を行う。このようにブローカーは、資金を物理的に国外に移動することなく、BMPE完了時に売り上げの約50から80パーセントをペソで麻薬密売人に届ける。
例えば、麻薬密売人が10万米ドルを不正に稼いだとして、公定為替レートの1米ドルあたり2千コロンビアペソで交換すると、収益は2億コロンビアペソになるはずである。しかし、不正に交換してもらうため利益の一部しか手に入らない麻薬密売人は、70パーセントの1.4億コロンビアペソを受け取ることで合意する。ブローカーには為替レートの差額分が残る。為替レートの交渉が済むと、米国にいるブローカーは米ドルで麻薬利益を受け取り、マネーロンダリング関連の法令のもと疑われたり発見されたりしないよう異なる人物を介し、通常一口1万米ドル以下で米国の金融機関に預け入れる。この時点で、米国の金融システムには10万米ドルがある。
同時にブローカーは南米のビジネスマンに、現地のコンタクトを通してペソと引き換えに米国ドルを割安の為替レートで売る。このときの為替レートは、公定レートの80から90パーセントである。これにより、ビジネスマンは転売品をより多く購入できるというわけだ。本来10万米ドル買うのに2億コロンビアペソが必要である。ところが、ビジネスマンが10万米ドル分の品物の代金として実際に支払うのは約1.6億コロンビアペソだけでよいことになる。そして残りの4千万コロンビアペソで、さらに米ドルを購入することもできるのだ。
南米のビジネスマンが購入した米国からの輸出品の支払いには、金融システムの隙間に入れ込まれた米ドルが使われる。ブローカーは、代金を複数の銀行口座から電信送金もしくは送金為替で、米国のタバコ・酒・衣服・電子機器・電気製品・車・コンピュータなどの製造業者もしくは再販業者に支払う。割安な為替レートは大きな魅力である。
この例では10万米ドル分の商品が購入されることになる。注目すべきは、最終的な購入者が商品の支払いを行っていないということだ。支払いは、ブローカーの持つ複数のばらばらの銀行口座から行われる。その後、商品は販売者によって南米に発送される。
南米のビジネスマンは商品を受け取った後、輸入品の合意価格を現地のブローカーにペソで支払う。ブローカーはそこから自分の手数料と、ある場合は合意した為替レートの差額分を取り、残りの麻薬利益をBMPEの「統合段階」で密売人に届けるのだ。例えでは、ブローカーはビジネスマンから1.6億コロンビアペソを受け取り、麻薬密売人に1.4億コロンビアペソを支払った。ブローカー自身の利益はコロンビアペソで2千万、米ドルで1万とかなりの額だ。さらにはビジネスマンから手数料が入ることもある。
商品の購入は全く合法的かもしれない。割安レートでのペソ交換も合法かもしれない。しかし、商品の購入に使われてブローカーに渡り、最終的に麻薬密売人に届けられた金は、違法行為である麻薬取引から得られたものであり汚れている。よって、そのような資金やそれを使って購入されたいかなる商品も押収され得るのだ。
2000年8月、パナマ当局は米国関税局の要請を受け、150万米ドルのベル社(Bell)の407型ヘリコプター1機を押収した。持ち主は麻薬取引や右翼団体とつながりを持つコロンビア人、ビクトル・カランサ(Victor Carranza)だった。米国関税局は、そのヘリコプターがコロンビアの巨大コカイン・ヘロイン事業から得られた利益で購入されたものだと申し立てた。ヘリコプターの製造業者は、関係のない人物からの電信送金31件によって支払われた金の出所が、麻薬利益だったことは知らなかったと主張した。そのうち5件の入金は、麻薬組織に潜入した米国関税局のおとり捜査官によって行われていた。後になって、それらの電信送金はヘリコプターの購入者とは無関係だったと判明した。関税局の秘密捜査は、米国における34件の起訴につながり、コカイン1,160ポンド(526キログラム)と現金450万米ドルが押収された。さらに、ベル社の口座を含む65の口座も凍結された。(出典:ワシントン・ポスト紙 [Washington Post] 2001年8月29日「米国とコロンビア、高利益の“ペソ交換”問題に立ち向かう[U.S., Colombia to Confront Lucrative ‘Peso Exchange]」カレン・デヤング [Karen DeYoung] 著)
会社の防衛策 (PROTECTING YOUR COMPANY)
ここでは、会社の防衛策や国際的な企てであるBMPEの時宜を得た発見方法を紹介する。
社員教育 - 特に販売・売掛金・内部監査担当の社員の教育を行う。「顧客確認(“know-your-customer”)」の方針(金融機関における方針に似たもの)を定める。顧客・再販業者・代理店の正当性を確認し、記録するよう指示する。ペーパーカンパニーには特に注意する。社員にマネーロンダリングの仕組みを教え、疑わしい行為を報告するホットラインを設ける。
顧客の支払いに関する方針と手続き - 第三者による支払いや電信送金、送金為替やその他BMPEに関わっている疑いのある取引を、直ちに経営トップに報告できる適当な顧客の支払い制約に関する方針(customer payment restriction policies)を定める。商品・サービスの購入者とは無関係の第三者からの電信送金や複数の現金払い(multiple cash)、送金為替、トラベラーズ・チェック、外国の銀行手形の使用を禁止する手順を設ける。認可された金融会社は例外とする。
高リスク人物や企業の認識 - 高リスクの人物や企業への商品販売を防止するための手順を確立し、再販業者や代理店を教育し、支払い制約に関する方針についても指示を与える。再販業者や代理店には、(特に南米に近いフロリダでは)厳重な注意を払う。個人的な私用・消費とは見なせないような高額購入(例えば個人によるコンピュータ100台の購入など)をする個人の顧客には注意する。
デュー・デリジェンス - 顧客の信用履歴や経営基盤に関するデュー・デリジェンスを行う。もし現実的に可能であれば、本社や倉庫施設を見に行く。
会社は内部から守る - 銀行や金融機関にマネーロンダリング対策を任せてしまわない。9・11のテロ攻撃の後、ブッシュ大統領はテロ資金のためのマネーロンダリング防止策を盛り込んだ米国愛国者法を成立させた。しかし同法は主に金融機関のコンプライアンスを呼びかけるものであり、会社や金融機関に1万米ドルを超える現金もしくはそれに相当する方法による支払いの受領の報告を求めるIRS書式8300(U.S.C. [United States Code, 合衆国法律集]6050I 、31 CFR [Code of Federal Regulations, 連邦行政命令集] 103.30)でさえも、電信送金は現金もしくはそれに相当する方法と見なされないため有効ではないのだ。
告発された場合の対処法 (WHAT TO DO IF YOU’RE ACCUSED)
BMPE関連の支払いを受け取ったことで有罪となった場合、その会社には資金や商品の没収、輸出許可証の剥奪や罰金、刑事処分などが課される危険性がある。
1995年に、フィリップ・モリス社(Phillip Morris)の南米における元代理店がBMPEに使われた4千万米ドルを洗浄したとして起訴された。フィリップ・モリス社は被告会社との関係を絶ち、商品の購入にBMPEが使われていたことは知らなかったと主張した。5年後、フィリップ・モリス社はタバコの密輸および麻薬資金の洗浄に関わっていたとしてコロンビアの税務署から告訴された。不正行為については認めずに、フィリップ・モリス社は自社商品が闇市場に出回ったりマネーロンダリングに使われたりすることを防止することでコロンビア当局との合意書に調印した。(出典:PBSフロントライン「米国のビジネスとマネーロンダリング[U.S. Business & Money Laundering]」オリアナ・ジル/ローウェル・バーグマン制作)
BMPEの関与について告発された場合、企業は弁護士・不正検査士・調査士・法廷会計士などの専門家チームを作って調査・立証を行い、更には訴訟を起こすこともある。調査は複雑であり、特定分野における経験および業界や国際的な貿易活動に関する知識が必要となるだろう。
最近は、商品の支払いが合法な金融会社を通して行われているにも関わらず、BMPE関連の資金を受け取ったとして企業が誤って告発されるケースも珍しくない。国際貿易に従事する企業は、特にラテン・アメリカの高リスク国とビジネスを行う場合、BMPEに晒されているということを意識しなければならない。
ハビエル・サルミエント(CFE、CPA)
グラスラトナー・アドバイザリー&キャピタル・グループ(GlassRatner Advisory & Capital Group LLC)のマネジャーを務める。