中国政府の市場経済の容認と経済活動に関する共産主義的統制の緩和は、一攫千金を夢見る企業家や、この機に便乗した詐欺師を解き放った。以下では、多国籍企業とそれら企業のために働く不正検査士のために、同国の神秘的で流動的な状況に足を踏み入れる際の助言を示す。
中国は急成長しており、中国国内における不正もまた然りである。その不正は、外国人投資家が憂慮すべき、新聞やニュースのヘッドラインになるような話ではない。不正は、供給プロセス(国内の企業、業者、販売業者、そして従業員)に影響を及ぼしてきた。多国籍企業がその供給プロセスの拠点を中国に移動させるにつれて、これらの企業は販売と購入システムにおける不正が急増している事実、そして、それを後押ししている独自の要因を知る必要がある。
最近、中国銀行(The Bank of China)は、アメリカへ逃亡した支店長によって横領された5億米ドルを取り戻すために、アメリカ当局と協力して動いていたことを明らかにした。公式の政府筋は、2005年中国国内で、中国が「経済犯罪」と婉曲的に呼ぶものが7万2千件発生したと報告した。件数的には2004年比9.4%上昇し、180億米ドルの損害を出した。同報告によれば、6万1千件が解決され、18億米ドルが回復されたということであるが、もちろん、不正事件関連の統計は、正確とはいえない場合が多い。恐らく、我々は大きな問題の氷山の一角を見ているに過ぎないであろう。
この状況を深刻に受け止めない人々もいる。先日、中国国内で相当な事業を展開しているアメリカの製造会社の社長が、彼の会社には中国国内における倫理ホットラインを備えているのかという質問を受けた。「え、そんなものありませんよ。私はそのようなばかげた話には耳を傾けません。」と彼は答えた。「匿名の手紙を受け取ろうものなら、すぐさまゴミ箱に捨てますよ。」それでは、これらの事例に目を向けてもらいましょうか、社長殿。
事例1:アーサー博士とその親戚たち (DR. ARTHUR AND HIS MANY RELATIVES)
中国国内に複数の事業所と製造工場を有するヨーロッパの建設機械メーカー(仮に「XYZ社」とする)は、博士号を持つ中国人(彼の名前をアーサーとする)を数年間本社スタッフとして雇用していた。その後同社は、彼を海外駐在員として、好条件で中国事業の統括者(country manager)に異動させた。数年間、XYZ社は地元の販売特約店数社を通じて中国国内で製品を流通させていたが、その後アーサーは突然、主要販売業者たちが、XYZ社と既存特約店の間に介在する新しい合弁会社(「スーパーディーラー社」とする)を設立したと発表した。アーサーは、事前の予告なしに、取締役会でその変更の実施を提案した。約1年後、XYZ社は、スーパーディーラー社もしくはその販売特約店において、アーサーが持ち株やキックバックなどの違法な利益を得ているのではないかという疑惑に関する匿名の内部通報を受け取った。
この通報がなされる以前から、XYZ社は既にアーサーの販売、流通における業績の悪さに不満を持っていた。彼は非協力的で、地元スタッフに対して尊大で常軌を逸した態度を取っていた。そのため、XYZ社は、アーサーの対抗勢力として、中国人の上級管理者を追加雇用していた。明らかにこの動きに動揺して、アーサーは匿名通報が寄せられたのとほぼ同時期に辞職した。
XYZ社は、当然のことながら自社の事業が著しく脅かされているとの危機感を抱き、事実を解明し、流通網における問題を特定して、その営業活動の透明性を高めるべく、秘密裏に徹底的な調査を開始した。内部監査を実施したが、目新しい発見はなかった。ヨーロッパの監査人には中国語で書かれた乱雑な書類の大半が理解できず、地元の従業員はほとんどが非協力的であった。そのため、会社はアーサーと販売業者を密かに調査するために中国人の外部監査人を雇った。
アーサー、スーパーディーラー社、そして当初からの販売特約店3社(それぞれ「販売業者1,2,3」とする)を1ヶ月間詳細に調査した結果、アーサーがXYZ社から不正に利益を得ており、販売ネットワークとXYZ社の中国国内での事業見通しに深刻な悪影響を及ぼしていることが分かった。XYZ社はその損失の回復と再発防止に莫大な時間と資金を費やさなければならなかった。
外部監査人は、アーサーが最も重要な販売特約店である販売業者1の20%の株主として自分の妻を立てており、スーパーディーラー社の経営者として彼の幼なじみを雇用していることを明らかにした。アーサーは自分の家族を裕福にする一方で、XYZ社に対しては自分の行動を隠蔽していた。その間に、スーパーディーラー社はアーサーと関係のない古参の販売特約店を脇に追いやっていった。彼らはそれに憤慨し、恐らく秘密情報の提供者になったと思われる。
アーサーによる影のビジネスに組み込まれた販売業者を調査したところ、各企業の資本金がすべて同額であるなどの注目すべき時系列のパターンが明らかになった。外部監査人は、ある企業の払込資本金が、銀行預金としての拘束期間経過後に、次の企業の設立資金として引出されていることも明らかにした。
彼らはさらに、アーサーの妻は現役の学校教師であり、特約販売店事業に積極的に関わっていた可能性がないことを証明した。
また、アーサーが不正に得た利益で不動産を購入しており、彼は、海外駐在員向けのベネフィットを悪用するとともに、架空の賃貸借契約をでっちあげて、持ち家であるにも関わらずXYZ社に家賃を払わせていた。
最終的に外部監査人は、アーサーがこれらの手口により、数年の間にXYZ社から数百万米ドルを詐取したと見積もった。
監査人がアーサーの違反行為を発見した時点で、彼はまだ正式には会社を退職しておらず、「ガーデニング・リーブ(退職願日から実際の退職日までの休暇。全額の給料が支払われる。退職者の知る会社の機密情報が競合他社に漏れるのを防ぐために、一般的に使われる)」の最中であった。すなわち、彼は正式な退職前でXYZ社からまだ給与を得ており、同社の規程の適用を受ける立場で、いまだ退職金を受け取っていなかった。同社の顧問弁護士は、アーサーを「彼の退職条件について話し合うための」本社監査人と社外弁護士とのミーティングに呼びだし、証拠を突きつけるべきであると助言した。このミーティングにおいて監査人と弁護士はアーサーに嘘をつく機会を数回与えた。その後、彼らはアーサーが嘘をついていることを証明する書類を提示し、彼は自分の罪を認めた。彼らはアーサーの退職願を却下し、解雇するとともに退職金の支払いを留保した。
このような混乱を解明するのは、玉ねぎを一枚ずつむいていくようなものである。この事例のように匿名の通報によって提起された事件は、内部監査や取引履歴の精査だけで解決されることは稀である。中国で活動する不正検査士は、外部調査の方法を確立するとともに、地元に関する詳しい知識と人脈をもつ民間調査員(private investigators)の支援を受けられる体制を構築しておく必要がある。
アーサー事件の解決には様々な手法を駆使する必要があった。調査員たちは、疑わしい従業員に関する中国語で書かれた重要な個人データを細かく調べるために、被害企業(XYZ社)の人事ファイルや供給業者ファイルを詳細に調べ、それにより、外部調査を進めるための重要な情報や手がかりを得ることができた。
また、調査員はEメールも徹底的に調べたが、それらの調査にはもちろん、中国語と英語の両方の語学スキルを必要とした。
最も重要な調査は、企業の登録及び検査を担当する当局に提出された、法人設立ファイルや年次報告のような企業収益や個人データに関する情報を地元自治体から入手し、分析したことである。本件の関与会社に関するそのようなデータを調査することにより、彼らは会社間の関係をより詳細に具体化することができた。また、IDナンバーや自宅住所を含む、各株主の個人情報も収集した。株主の親類を割り出し、彼らの現在の職場や職歴を特定する必要があった。この分析により、調査員は多くの事件において、ある企業のある株主が、ある人物の妻、義理の父、または学校時代の友人であることを証明することが可能になった。
13億人が住む国であるにもかかわらず、名前(名字も個人名も)の種類は驚くほど少なく、同姓同名の者が多い。ジョン・スミスという名前の人が1千万人いると考えればよい。そこで、中国での不正調査の重要な要素は、企業名、株主名、ID番号その他の個人識別データを関連付けることである。
これらの手法は、携帯電話の通話記録を入念に分析することによって補強されるであろう。企業が携帯電話料金を支払っていれば、通話記録を精査する権利がある。アーサー事件においては、調査員は彼が家を購入した方法に関する書類を含む、不動産記録についても分析した。それによると、彼は住宅ローンを組むことなく、現金一括払いで購入したことが判明した。
調査員たちは、販売業者やそれら企業内の特定人物を含む関係者に対して、電話による秘密調査を実施した。また、企業の活動実体があるかどうかを特定するために、企業への秘密訪問を実施した。さらに調査員たちは、関係者の自宅住所を訪れ、不動産管理会社と近隣企業の人々に聞き込みを行った。
このように複数の手法を組み合わせることにより、はじめて事件の焦点を絞り、点を繋ぎ合わせて、アーサーの詐欺的で腹黒い不正スキームの正体を暴くことが可能となったのである。
事例2:企業の資産を流用する不誠実な従業員
(THE DIVERTING, DISLOYAL EMPLOYEE)
オフィス用品を製造し、中国東部に販売店と工場を持つアメリカの多国籍企業(「オフィス123社」とする)は、中国国内の同社の従業員であるバイヤーXが、主要供給業者Y社の株を保有していると申し立てる匿名の手紙を受け取った。
オフィス123社はY社の登記簿を入手した。バイヤーXは株主、役員としてリストに掲載されてはいなかったが、同時に、同社が中国における新製品の製造ライセンスの条件変更をした直後に、Y社も同様の目的でライセンスの内容を変更していたという興味深い事実を見出した。これは、オフィス123社の製品を模倣する意図的な企ての存在を示唆していた。
中国語と英語に堪能な調査員が、Y社が登記簿上に2つの異なる住所を登録している事実を発見した。調査員が秘密裏にそれらの住所に訪れたところ、Y社は一方の住所には貿易会社として存在していた。しかし、もう一方の住所には、異なる会社、製造会社Z社があった。
調査員が、バイヤーXのEメールのやり取りを調査したところ、彼らはこの容疑者(X)が最近、Z社が品質基準を満たせなかったことを理由に、注文をZ社からY社へと転換していたことを発見した。また、別のEメールでは、バイヤーXが知り合いに、彼と彼の友人が先日土地を入手し、そこに工場を建設する準備をしていると打ち明けるとともに、全てのEメールを会社のEメールボックスに送らずに彼の個人的なEメールアドレスに送るように頼んでいた。
ある調査員が、取引の話を口実にZ社を訪れた。そこで彼は、Z社の上級管理者たちがZ社の受注していた仕事を自分たちが経営する新会社へと付け替えていたことを突き止めた。さらに、調査員は新会社の所在地へ連れて行ってもらい、そこで上級管理者たちが最近その土地を購入し、大きな工場を建設中であることを知った。新会社の名前を調べ、同社の登記簿を入手して注意深く調査したところ、調査員はバイヤーXの名前が副工場長として記載されているのを発見した。
その結果、バイヤーXは事業流用(diverting business)への関与と利益相反行為により解雇された。
事例3:縁故主義と融資金の吸い上げ (CRONYISM AND LOAN SIPHONING)
ある多国籍企業が、2年前に中国国有会社から買収した化学薬品の合弁会社を中国河北省で経営していた。前統括マネジャーは地元に強いコネを持っており、主要管理職に彼の取り巻き連中を多数就任させるとともに、供給業者には親類や友人が所有する会社を指定していた。彼はまた、同じ製品を製造するライバル会社を設立した。彼の過去を知る古参の従業員は会社から締め出された。前統括マネジャーが所有もしくは関係する供給業者は、合弁会社に水増しした価格で粗悪品を販売しており、合弁会社の販売担当者は、最盛期のビジネスチャンスを逃すような安値で意図的に販売契約を締結した。結果的に、合弁会社は買収以来赤字続きであった。新株主は新しい統括マネジャーを採用し、前統括マネジャーの取り巻き連中を根こそぎ排除するための証拠を探すことを決心した。
新経営陣の協力を得て、不正調査員は、合弁会社の上級管理職、販売・購入スタッフ、同社から締め出された古参の従業員と中国語で個人面接を実施した。会社の歴史に関する彼らの知識は、重要な情報と調査の手がかりを提供した。調査員たちは、これらの面接から得た情報を分析して、必要情報を抽出し、さらなる調査のための手がかりを特定した。彼らは十分な情報を目の前に突きつけられるように、主要容疑者との面接を最後に残した。面接後、調査員は購入、販売契約書ならびに会計記録の監査に焦点を当てた。彼らは、買掛金リスト上に供給業者一覧にも購入契約書にも名前のない一連の仲介業者が、実際の供給業者と会社の間に介在している事実を発見した。また、多額の金が前統括マネジャー関連の企業への融資として無許可で吸い上げられていた。財務及び購入担当マネジャーはそれらの調査結果を突きつけられ、即時解雇された。
中国の不正環境の構成要素 (FACTORS IN THE CHINA FRAUD ENVIRONMENT)
これらの事件は、過去10年にわたって我々が調査を行った何百件という事件の中からのものであり、多くの多国籍企業が中国で直面する問題の特徴を示している。しばしば、多国籍企業は「ベストプラクティス」とも言える予防的措置の基本をおざなりにしている。その理由は、どういうわけか、彼らはそれらの措置は中国では通用しないと信じ込まされているからである。そして後に、そのような見当違いにより痛い目にあうのである。
中国におけるコーポレートガバナンスは国際的基準に遠く及ばない。香港城市大学(the Hong Kong City University)と英国経営者協会(Institute of Directors)が実施した調査では、中国企業のガバナンス関する得点は非常に低かった。香港株式市場で上場している中国企業は、企業統治の実践に関して、100点満点中44点(平均)であった。これには、Red Chipsとして知られる中国の大手上場企業、H-sharesとして知られる、香港などで上場している、中国国有会社の海外上場部門が含まれる。審査基準の主要素には、ディスクロージャー、株主の権利、取締役の責任、コンプライアンスが含まれる。
アーサー事件(事例1)に示したように、不正調査開始のきっかけとなる最も一般的な引き金には、匿名の手紙、不当な扱いを受けた納入業者や流通業者などの利害関係者からの内密の情報、または内部監査により浮上した疑惑を監査人が解明できない場合などがあげられる。アメリカ証券取引委員会(the U.S. Securities and Exchange Commission,SEC)に登録している多国籍企業の中国での事業活動において、内部監査は去年辺りから増加したが、その要因は、主にサーベインス・オクスリー法が定めるガバナンス要件に対する懸念、アメリカ企業に対するSECの厳しい取締り、海外汚職行為防止法とヨーロッパにおける同様の法律に関わる訴訟リスクによるものである。また、世界貿易機構(WTO)への加入に伴う中国での規制緩和の流れに乗じて事業を再構築した多国籍企業における監査も実施されている。これら活動の多くが、悪臭を放つ腐敗した状況を暴き、アーサーのような人物に対する多くの不正調査へと導いた。
不正調査のきっかけの中で、匿名の手紙は、中国では真剣に受け止められなければならない。中国人は何百年にもわたる匿名の告発という伝統を持つ。我々の経験から言えば、中国において疑惑を知らせる匿名の手紙を受け取ったら、その内容は10件中9件が真実であると判明する。匿名の手紙を出す動機は様々で、本当に誠実な従業員や不当に解雇された従業員がもつ不正に対する嫌悪感、捨てられた恋人の怒り、そして会社内の腐敗した派閥争いなど様々である。しかし、動機こそ違え、告発の事実が持つ力に変わりはない。すなわち、通常告発内容は真実である。それゆえ、企業は告発を取り扱う規程や手順を整備し、苦情を真剣に受け止めるべきである。
アーサー事件(事例1)における解決方法は好事例であり、中国でそのような事件を解決するのは簡単に思えるかもしれない。残念ながら、そうではない。多くの多国籍企業はそのような犯罪の臭いをかぎつけるが、玉ねぎのように何層にも隠された犯罪を暴こうとはせず、それらが明るみに出ても容疑者を処罰しようとはしない。これには数多くの理由がある。
問題のひとつに、典型的な多国籍企業とその中国事業の間にある言語文化的な垣根が大きな障害となっているという点がある。大事業を抱える多国籍企業は、中国現地法人に、本社の行動規範、倫理実践、標準業務手順、そして内部統制を教え込むことができない。彼らはよく海外駐在員と地元スタッフの混成チームの取り扱い方法を誤る。賃金格差やコミュニケーションの失敗により、現法内に「私たちと彼ら」という対立の構図を描いてしまう。その結果格差が生じ、それ自体が重大なリスク要因となってしまうのである。文化の違いは、無節操な人間に不正をおかす機会を与えそのような行為を促す要因ともなる。また、言語的文化的垣根は、内部監査人又は不正調査士が仕事を進める際にも立ちはだかる。非中国人の調査員にとっては、同じ中国企業名の訳語が迷路のようにバラバラであるといった混乱が日常茶飯事であり、そのような状況に圧倒されてしまうこともあるであろう。また、事件に内通した中国人マネジャーに聞き取り調査を行っている間に、その者が偶然又は故意に他の従業員に情報を漏らして、調査を台無しにしてしまうということもめずらしくない。
そのような問題は、監査法人プライスウォーターハウスクーパース(PriceWaterhouseCoopers)が実施した最近の犯罪に関する調査にも反映されており、中国国内の不正事件の54%は社内関係者によるものであり、不正の要因として最も共通する特徴は、習慣やビジネス倫理の違いである。また、価値観や不正行為に関する認識が欠如しており、犯人は誘惑に負けやすいということも分かった。
このような「格差」が、非公式な指示命令系統や基準から逸脱した業務執行を蔓延させ、影のビジネスへと繋がっていく。仕事上の肩書きはあまり意味を持たなくなり、実際に誰と誰が取引をしているのかも分からなくなる。その結果、現地法人の業務の実態は、本社が机上で描いているビジネスモデルから全くかけ離れてしまっているかもしれないのである。
また、現代の中国人、特に若者が感じている、金を稼がなければならないという強い社会的プレッシャーを理解することも重要である。最近の中国の市場経済に対する容認と経済活動に対する共産主義的統制の緩和が、一攫千金的な大変革をもたらした。20年以上前、中国の指導者、鄧小平(Deng Xiaoping)が改革に着手したとき、彼は、人類平等主義に対する毛沢東主義者の崇敬を捨てて、「豊かになるのは素晴らしいことです。」と中国に語った。多くの中国人はそれを実践してきている。同時に、改革前の中国国内の「文化大革命」という政治的大変動が、伝統的な中国の倫理観を打ち砕き、モラルの喪失のような状態をもたらした。多くの人々がもはや善悪の分別をつけられず、これが深刻な「価値観の混乱」を生み出した。多くの中国人を強烈に駆り立てるものは、立派な社会的地位のある結婚相手を探すこと以外では、金や車や家を得て仲間から尊敬を集めることである。中にはホワイトカラー犯罪によって安易に目標を達成しようという誘惑に駆られている者もいる。我々が中国で調査した不正事件の犯人の多くが30歳以下であるというのは偶然の一致ではない。中国企業においてすら、このような状況を問題として認識し、倫理プログラムの確立を検討しているところもある。
困難な不正事件に直面した多国籍企業の多くは、解決に向けてどこに支援を仰げばいいのか迷ってしまう。4大監査法人に助けを求めるべきか? それとも弁護士? 内部監査人? 公認不正検査士? セキュリティ担当者? はたまた専門的なコンサルティング会社か? 彼らはこれらの様々な問題解決者たちの間で揺れ動く傾向があり、これらの資源を効果的に組み合わせて活用できる企業はまれである。その結果、時として、真実を暴く寸前まで行っても、いらだたしい推理小説の謎を解くことができない。多くの場合、組織内部、外部両面からのアプローチを組み合わせなくてはならない。調査が成功すれば、少なくとも犯人を解雇し、組織から腐敗分子を一掃する動きを促進することができる。そして当然、被害企業の経営陣は、自社の防御と統制を強化して再発のリスクを低減しようと動き出すであろう。
しかしながら、被害者たちが「事件を解決」したとしても、残念ながら彼らが正義を勝ち取ることは稀である。これは主に、中国国有企業には有利に、国内民間企業および外国企業には不利に作用する、中国法に内在するバイアスによるものである。中国の刑法は、詐欺、横領、賄賂など一定のホワイトカラー犯罪を定義しており、それらに対する刑罰も規定している。しかし、国内民間企業や外国企業が審問の機会を得る望みはほとんどなく、ましてや公正な審問が受けられることはまずない。
恐らく読者の方は、我々が示した3つの事例において投獄された者がいないことに気づいたであろう。企業は単に不正実行者を解雇し、場合により退職金の支払いを留保しただけである。当然、そのような結果がこの種の犯罪に与える抑止力は非常に限定的である。大型汚職事件に見られるような、終身刑や死刑などの重罰を科すことはまれで、政治的判断がはたらくことも多いため、民間企業における不正事件では起こらない。企業は有効な統制と調査で自衛する方法を学ばなければならず、当局を頼りにしてはいけないのである。
もしも、アーサーが、XYZ社を騙した手口で国有会社から資金を横領していたら、恐らく彼は刑務所へ送られていたであろう。しかし、中国の司法当局および法執行機関は、いまだに民間企業におけるこの種の不正事件には全くと言っていいほど関心を示さない。中国警察の商業犯罪課(the commercial crime division)はまだ設立間もない段階にある。警察を含めた中国の役員たちは、共産党と国有システムの中で育てられた。彼らの考え方と訓練方法が変化し、必要な不正検査スキルを身につけるには長い時間がかかるであろう。それゆえ、多国籍企業は団結して、より良い法的保護を得るために北京政府に働きかける必要がある。それまでは、この国における不正調査員(内部監査人、民間調査員または公認不正検査士)のビジネスは活況を呈するであろう。
ピーター・ハンフリー(Peter Humphrey)
上海を拠点とする、中国国内でのビジネス倫理と透明性を促進するコンサルティング会社、ChinaWhys社の創設者兼代表取締役である。彼は中国語を流暢に話し、中国その他の共産圏諸国において30年以上業務を行っている。
インゼン・ユー(Yingzeng Yu)
ChinaWhysの統括マネジャーである。中国に生まれ、UCLA〔カリフォルニア大学ロサンゼルス校のビジネススクールであるthe Anderson School of Management で財務管理を学び、数多くの企業における財務統制分野で活躍し、ここ10年中国において不正調査員として働いている。