米国政府は、不正や汚職を国際的に取り締まる一環として、海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act, 以下「FCPA」という)による取締りを精力的に行っている。世界中の企業がFCPA違反に戦々恐々としている。CFEは、コンプライアンス・オフィサーと協力して全従業員に対する包括的な教育訓練を実施するにあたり、FCPAの内容に精通する必要がある。
政治色の強い映画「シリアナ」は、私利私欲、裏切り、そして石油ガス業界における汚職の物語である。その中で登場人物の一人が、カザフスタンにおける採掘権取得に絡む贈賄容疑で米国司法省の捜査を受けていると知って次のように怒るシーンがある。「汚職の容疑だと?そんなの規制と称する政府の市場介入だ。・・・こっちだって法律で対抗してやる。汚職は俺たちを守る。汚職のおかげで安心できるし路頭に迷わずに大手を振って歩ける。汚職があるからこそ俺たちは勝てるんだ。」
1977年に施行されて以来、FCPAは米国連邦政府の検察官にとって有効な武器となっている。しかし、かつてはFCPA違反による悪影響が少なかったため、企業やその従業員たちは何も恐れることはないと考えるようになった。しかし、状況は一変し、今ではFCPAと聞くだけで世界中の経営者たちは大いに不安がり、恐れをなす者さえいる。
FCPAでは、事業の獲得または維持を目的として外国公務員に賄賂を贈ること、正確な会計帳簿の維持および関連する内部統制の整備を怠ることは重大な犯罪となる。同法の条項は、政府による反汚職法制の執行による刑事告発、民事訴訟、およびそれに伴う二次的な損害という形で、企業組織に多大な影響を及ぼす。
汚職の取締りは、世界中でかつてないほどに強化されており、米国以外の国々も汚職との戦いに加わっている。企業および従業員に対する捜査・告発の件数は、過去30年で最高となっている。
FCPA違反等の犯罪行為に対する最大の防御策は、汚職や贈収賄の発生を未然に防ぐことである。組織に対する連邦量刑ガイドラインが示す有効なコンプライアンス・プログラムのための7つのステップに教育訓練およびコミュニケーションが含まれていることからもわかるとおり、汚職対策のための効果的な教育訓練は防御策に不可欠な要素である。有効な教育訓練プログラムは、FCPA違反を実際に犯してしまった企業に見出すことができるが、告発される前に最良のプログラムを導入すべきである。
従業員の教育訓練は、コンプライアンス・プログラムが「有効」と見なされるために必須の要素である。反汚職法制や会計帳簿に関する要件、会社の方針、手続、基準およびそれらに関する要求事項などについて教育しなければならない。
最近のFCPA執行状況をみると、教育訓練プログラムを整備しないことの危険性が浮き彫りになる。2008年2月、証券取引委員会(以下「SEC」)は、ウェスティングハウス・エア・ブレーキ・テクノロジーズ社に対する取締りにおいて、同社が「FCPAに関する方針を有しておらず、従業員、代理人、子会社に対してFCPAの要件に関する教育訓練を実施していなかった」注1と指摘した。
2008年6月には、司法省がファロ・テクノロジーズ社との和解において、「ファロ社は不適切な支払のリスクが高まっている中国等の国で働く販売担当者や管理者を含む同社の従業員に対して、FCPA関連の訓練を全く実施していなかった」注2と指摘している。
ファロ・テクノロジーズの中国子会社は、2004年から2006年に公務員に対して不適切な支払を行った。同社の重役が中国子会社の従業員に対して、不正が発覚しないように第三者を媒介して支払うことを承認したのである。2008年6月5日、同社はその事実を司法省およびSECに自主的に開示し、司法省およびSECは同社と和解したことを発表した。180万ドルの不正利得返還、110万ドルの罰金、不訴追合意(non-prosecution agreement)および2年間の監視(monitorship)の処分が下された。
汚職対策の教育訓練においては、企業の文化、名声、倫理基準を維持する上でFCPA遵守がいかに重要であるかを強調しなければならない。また、FCPA等の米国の法律以外についても取り上げる必要がある。自社が業務展開している国々において適用される反汚職法制についての議論も欠かせない。最低限、公務員と接点をもつ従業員全員と経営幹部には教育訓練を実施すべきである。大半の従業員はFCPAに関する知識がなく、同法違反の重大性を分かっていないということを肝に銘じなければならない。
コストは嵩むがより有効な方法は、全従業員および会社のために活動する者すべてを訓練することである。たとえば、モンサント社は業務上公務員と関わりをもつ従業員だけでなく納入業者や委託先を含む第三者に対しても反汚職教育訓練を提供している。訓練の方針は非常に広範囲にわたるので、ほぼすべての従業員が世界中で訓練を受けている。米国外のリスクの高い国々で働く、政府と接点のある販売担当者、シニア・マネージャー、カントリー・マネージャー、財務部門の従業員(子会社のコントローラーなど)および管理・コンプライアンス担当マネージャーなどに対してはより詳細で具体的なプログラム訓練を実施することを強くお勧めしたい。
教育訓練は、規則ならびに価値観をベースとしたアプローチを採用すべきである。贈答品、業務出張、接待そして寄付などは、合法的かつ企業の方針の範囲内で活用する限りは、適切な手段であるということを忘れてはならない。リスクに基づいたアプローチに焦点をあて、海外や汚職のリスクが高い業界で取引獲得・維持を担当する従業員向けの教育を拡充する。
リスクの検討においては、自社が営業を推進する国々においてどのような汚職の懸念が認識されているかに留意する必要がある。中国、インド、ナイジェリア、インドネシアなどのハイリスクの国々に特に注目しつつ、贈収賄の問題はあらゆる国で発生し得るということを忘れてはならない。組織の業種、リスク、文化に合わせて独自のプログラムを策定し、トランス・ペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数(Corruption Perception Index)も考慮するとよい。
汚職リスクへの感度を高める教育訓練 RED-FLAGS TRAINING
第三者、旅費・交際費など汚職発生リスクの高い領域において見られる多くの不正の兆候に関して教育訓練を実施することは特に重要である。従業員は、不正の兆候とはどのようなもので、それを認識した場合に何をすべきかを理解しておかなければならない。
不正の兆候の識別および通報の方法の研修においては、実例を用いながら、公務員への贈賄につながり得る第三者や代理人と取引をする際の組織の責任に関するガイダンスを提供すべきである。その他の研修項目としては、デュー・デリジェンスの手順、契約における反汚職条項および監査規定、契約に関するサイドレターの禁止、公務員に対する旅費、接待費、贈答費等の特別扱いのための出費の問題などが含まれる。
何らかの形で公務員と取引をする事業分野の従業員には必ず研修を行う。特に、中国やロシアなどに多数存在する国営企業との取引は要注意である。商取引をする際には、相手方に公務員がいるかどうかを確認することが非常に重要だ。組織の所有形態が不明確な場合もある。たとえば、中国の医者は、公的な医療システムに雇用されていれば公務員となるかもしれない。流通・販売業者との契約および取決めに関連する研修も必要である。業者が実は公務員に選定されていたり、単なるトンネル会社や架空業者であったりする可能性もあるからだ。
他に注意すべき不正の兆候には以下のようなものがある。
- 業務上、代理人、外国の販売代理店、コンサルタントなどの仲介者を利用する場合
- 公共部門の顧客に雇われているコンサルタントは公務員とみなされることがある。
- FCPAにおいて許容される「賄賂」およびそれらの支払が会社の方針に沿ったものであるかどうかのレビュー
- 裏金および簿外取引の定義およびそれらが禁止されていることの明確化
- 特に契約締結および更新時における公務員のための出張
- SECや司法省による最近の取締り状況にもとづくその他の主な研修項目
研修の受講対象者は、シニア・マネージャーおよび法務コンプライアンス担当者に限定せず、できるだけ広範囲に設定すべきである。(中間管理職層以下の職員による意思決定が違反行為に至ることが多い。)
汚職対策教育のベスト・プラクティス ANTI-CORRUPTION TRAINING BEST PRACTICES
法務コンプライアンス部門の内容領域専門家は、Eラーニングによる研修に加えて、現場における従業員教育を継続的に実施すべきである。汚職対策に関連した内容領域専門家は、汚職や賄賂対策の実務経験があり、従業員と共有できるような事例について詳細な知識を有している。組織の方針や最近の汚職対策活動に精通した研修講師を養成することが必要である。
子会社の役職員への研修により、汚職対策や会社の方針と手順に関する知識および経営トップの姿勢を向上させる。研修内容には、子会社が所在する各地域における汚職対策諸規則の内容を盛り込む。子会社の従業員は公務員との接点を頻繁にもつため、汚職等の問題が発生するリスクが最も高い。また、役職員の離職率が高い国も多いため、継続的に研修を実施する必要がある。
研修においては、会社の事業活動に即した「よくある質問(FAQ)」や事例を示すとよい。FAQは従業員が社内の方針および手順を実際の状況にあてはめるのに役立つ。受講者との質疑応答の時間も確保する。質疑応答はEラーニングのチャット機能を用いても行うことができる。重要な事項が漏れなくカバーされるよう留意する。個別の問題に対処するために、より高度な内容の研修、景気循環に合わせた研修、項目を絞り込んだ研修などを必要に応じて実施する。子会社所在国の母国語による研修の必要性も検討する。
研修への出席は全員必須とし、出席記録を書面で残す。可能な限り受講率100%を目指す。FCPA関連基準の遵守は業務上非常に重要であり、従業員全員が従わなければならないということを強調する。違反者に対しては、ボーナスカット等の懲戒処分を厳正に適用する。それにより、出席者が研修中にパソコンや携帯電話でメールを読むことなく真剣に受講する環境をつくる。研修室への入退室を厳正に記録する。途中退室した者には、聴き逃した部分の内容を再受講させるよう徹底する。
講師は、講師名、研修タイトル、実施日時、場所、研修項目等を書面に記録する。研修内容は定期的に見直す。研修が適切に実施されたことを示すために、研修の模様を録音・録画し講義録を残すようにする。質疑応答の内容を蓄積し、後の研修に活用する。
これらの手順を踏んでおけば、当局に対して自社のコンプライアンス・プログラムの有効性を示す必要が生じた場合に役に立つ。内部調査やコンプライアンスの担当者を訓練し、汚職対策に関する専門性を有する人材を確保することも忘れてはならない。
マーティン・T・ビーゲルマン(CFE, ACFEフェロー, CCEP)
マイクロソフト社のfinancial integrity担当ディレクターであり、ACFE基金のメンバーでもある。
ダニエル・R・ビーゲルマン(J.D., CCEP)
法律事務所Baker Hostetlerに所属する弁護士である。
注1 |
証券取引委員会対ウェスティングハウス・エア・ブレーキ・テクノロジーズ社、民事裁判 No. 08-CV-706、2008年2月14日 |
注2 |
不訴追合意の一部としての陳述書を含む、米国司法省からファロ・テクノロジーの弁護士グレゴリー・S・ブルッフ(Willkie Farr & Gallagher, LLP所属)への書簡、2008年6月3日、www.law.virginia.edu/pdf/facutly/garrett/faro.pdf. |
この記事は、2010年にジョン・ワイリー・アンド・サンズから発刊された、マーティン・T・ビーゲルマン、ダニエル・R・ビーゲルマン著「Foreign Corrupt Practices Act Compliance Guidebook(海外不正支払防止法遵守ガイド)」の中から、発行者の許可を得て抜粋掲載したものである。
コラム
FCPA違反事例:
コントロール・コンポーネンツ社への制裁にみる連邦政府の新たなアプローチ
FCPA違反摘発に対する政府当局の強硬なスタンスを象徴する最近の事例を挙げるとすれば、それはコントロール・コンポーネンツ・インク(以下「CCI」)の起訴であろう。CCIはカリフォルニアに本社を置き、世界中の原子力、石油、ガス、電力業界向けの制御バルブを設計製造する会社である。
1998年から2007年にかけて、CCIの役職員および代理人が、中国、韓国、マレーシア、アラブ首長国連邦を含む36ヶ国の国営企業および民間企業の従業員に対して200回以上賄賂を支払った。賄賂の総額は685万ドルに上り、CCIに4650万ドルの純利益をもたらした。
検察側はその陰謀の全容解明のためにあらゆる戦術を用いたが、その取組みはFCPA違反対策の新たなアプローチを示すものである。この事件では、企業、個人が共に起訴され、個人の被告人数はそれまでのFCPA事案の中で最も多い8人に上った。検察側は連邦旅行法(the U.S. Travel Act)に基づいて告発した。同法は、贈収賄などの違法行為を助長するために州際または外国通商を利用することを禁止している。
FCPA違反に対する政府の多方面にわたる集中的な取締りは、企業に対して目に見える影響を及ぼした。1994年にロッキード・マーチン社に科された2500万ドルの罰金は、長らくFCPA違反に対する罰金の最高額であったが、2005年にはタイタン・コーポレーションが2850万ドルの罰金を支払った。2007年4月にはベイカー・ヒューズに当時の最高額となる4400万円の罰金が科され、さらに2008年12月にはシーメンス社に対してそれを凌駕する罰金が科された。シーメンス社は、史上最大のFCPA違反事件の和解金として、米国およびドイツ当局に対して、罰金および不正利得返還により17億ドルを支払ったのである。2009年初頭には、ハリバートン社が贈賄捜査の和解金として5億5900万ドルを支払った。
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