犯罪捜査(いや、捜査に限らず警察活動の多く)は、情報をかき集め、過去の事実は何であったのかを再構成しなければならず、そこが警察の辛いところです。幼児向きのお絵かき帳のように、輪郭があらかじめ描いてあり「ここは赤色に塗りましょう」というわけにはいきません。断片情報の集約分析だけで過去の事実と一致した、あるいは相似した絵を描くことができるかどうか。それは警察の捜査能力・執行力のいかんにかかっています。限られた時間内に断片情報を収集し再構成し、真っ白なキャンパスに絵を一から描いていくのです。
ところが「あのときの判断は適切ではなかった」「事案への対応が妥当を欠くのではないか」と、あと知恵での批判非難が数多くなされます。これ は何も警察活動だけに特有のことではなく、多くの専門職業集団・プロフェッションがおかれている立場です。ある大学の医学部教授が退官講義の際、「私の誤診率は 40%でした」と公表し、マスコミが大きく取り上げたことがありました。名医として世間から高く評価され、しかも良心的な人物でしたので、その教授は正直に語られたようですが、やぶ医者なら誤診率 70%、80%にもなるのでしょう。
みずから手を汚すことのないマスメディアはじめ外野席の人たちは「あと出しジャンケンポン」で必ず勝てるわけです。しかしながら私たちは、すべてのことが明らかになるまで悠長に待っていられません。限定された情報と条件の下で、充分に考えるいとまもなく咄嗟の対応をしなければならず、そこが警察の辛いところであり、常にあと知恵での批判を浴びなければならないのです。
謎解きパズルというと語弊がありましょうが、しかしここに半面、やり甲斐とか達成感といったものも見いだせるのではないでしょうか。あと出しジャンケンポンで常に非難を受けるという「判断の二重構造」が、警察活動と社会一般との関係において免れ難い宿命として存在します。ただ私たちは専門職業集団の一員として、現実との誤差をできるだけ少なく再構成できるよう伎倆・執行能力・判断力を磨き上げるべく努力をしなければならないと思うのです(某県警察学校初任科学生に対する講話の一節から)。
元近畿管区警察局長
元財団法人日本道路
交通情報センター副 理事
ACFE JAPAN 理事