当職の前回のコラム(2012年11月1日配信)において、「競争法をめぐる日本企業の課題」と題し、日本企業が見落としがちなカルテルのリスクについてコメントをした。しかし、その後も、公取委による摘発は後を絶たず、また米国において日本企業の社員が身柄拘束される事例も発生するなど、カルテルリスクはいまだ存在している。
そして、そのリスクは、今まさに日本企業すべてに発生するリスクが降りかかる危機的な情勢となっている。
すなわち、前回コラム後に起きた政権交代そして、アベノミクス現象により急激な円安が進行し、物価上昇が連続しているところ、各企業においては、仕入れコスト、調達コストが増大しており、お互いに同業他社の動きをにらみながら、値上げのタイミングをうかがっている。
このような情勢においては、製造業はもちろんのこと、サービス業においてもさまざまなコストが値上がりを始めると、連鎖的に値上げをせざるを得ない。まさに、この、コスト高を理由とする値上げのタイミングこそ、カルテルが発生する一番の要因となる。
値上げをしなければ利益がなくなってしまう情勢の発生
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この事情は、同業他社も同じはず
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経営陣は、部下に対し、「上手な値上げ」を指示する
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「上手な値上げ」とは、BtoCであれば消費者の反発を得ない方法、BtoBであれば買い手の値下げ圧力、値上げ抑制圧力に対抗できること
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結論として、業界として、一斉に同じような値上げ幅で値上げするのが一番
BtoC:先駆けて値上げすると目立つので、みんなで一斉にやりたい
BtoB:買い手が他社を引き合いに出して交渉してくるのを防ぐには、みんなで値上げ幅を整えるのが一番
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この値上げは、コスト高を転嫁するだけだから、不当な値上げではない、当然の値上げである。ただ、そのタイミングと幅を整えただけだ、という正当化の要素が存在する。
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営業や仕入れ部門による組織的な調整行動、および経営陣の黙認
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営業や仕入れ部門による組織的な調整行動、および経営陣の黙認
最近のカルテルの事案は、経済情勢の変化に伴う必然的な価格変動に際して行なわれる事例がほとんどであり、カルテルの教科書に出てくるような、不当に儲けるためのカルテルはほとんど存在しない。
だからこそ、ついつい、やってしまうのである。誰も損していない、誰も傷つけていない、いったい、何が悪いのか。
これが、現在の日本の企業の偽らざる本音であり、今後も増えるであろうカルテル案件の根本的な原因といえよう。
批判はたやすい。しかし、企業の実情を見るとき、この誘惑と必要性と正当化の要素を的確に把握して、未然に防ぐことはほぼ不可能な状態であり、各企業の管理部門担当者の悩みは深い。
以上から、企業としてできることも限定されてしまう
自社の値上げのやり方について、管理部門のチェックをするという方法が考えられるが、カルテルが組織的かつ秘密裏に行われるという性質上、会議に現れた資料だけを見ていて、真相を発見するのは不可能に近い。
よって、日常の監査などで発見できるのが理想ではあるが、現実的な効果は期待できない。
結局、公取委の動きをにらみつつ、自社にカルテルの疑いがあるという情報を察知した場合に備えた、事前準備に尽きるのが現実であろう。
前回のコラムでも指摘した方法であるが、必ず、カルテル対策に強い法律事務所との連携を普段から確保し、自社の業態や営業の方法について知っておいてもらい、いざというときにすぐに動いてもらえる関係を構築しておくことが、企業にできる唯一の対策である。
独占禁止法を専門にする弁護士や事務所はそれなりにあるが、「カルテル対策」ができる事務所はあまりない。
当職も企業の依頼により潜在していたカルテルを発見し、いち早く減免申請して1位を獲得した経験 があるが、カルテル対策ができる事務所とは、次の要素を満たす。
競争法の分野を専門とする弁護士は、いわゆる学者タイプの弁護士が多い。
実際に減免申請の業務をやったことがあるのか、どんな調査をするのか、弁護士に質問しておくとよい。
競争法の世界では名前が知れているから依頼してみたところ、実務経験に乏しく、調査技術もなかったため、調査そのものは企業に丸投げになった結果、調査に手間取ったために順位が劣後した、企業にとっては不幸な同情すべき事例をいくつも見た。
カルテルに関わった社員は、必ず組織的な抵抗を示す。その抵抗を打ち崩す証拠収集能力、ヒアリング技術が必須であるので、知識だけでなく勝利経験のある弁護士に依頼しないと、他社に後れを取ることになる。
企業法務弁護士であれば誰でも対応できるようになるのが理想であるが、そのレベルに達していない弁護士が多いのが現実で、同業者としては忸怩たる思いがある。
国内に複数拠点展開している場合は、国内の広がりをカバーし、また、海外支店がある場合は、海外対応が必要となる。
いざとなったときに、その弁護士のネットワークですぐに動いてもらえる弁護士の規模はどの程度か(少なくとも、10名程度の弁護士をすぐに動かせるネットワークは必要である)、また海外法律事務所ハンドリングの方法、経験を確認しておくべきである。
日本で勝っても米国で負ける、あるいは品目を変えた報復的減免申請などが現実に発生しており、このネットワークは極めて重要である。
公取委での勤務経験弁護士、元検察官の弁護士など、当局との交渉や当局の動きについて具体的なアドバイスができる弁護士がいると、なお、ベターである。
一般に不正対策は、発見よりも予防を目指すべきである。しかし、残念ながらカルテルだけは、この一般論が当てはまらない、特殊な不正類型である。巨額の課徴金、巨額の賠償請求、クラスアクション、責任者の身柄拘束、株主代表訴訟など、リスクのデパートともいうべき不正であるので、自社は関係ないと思わずに、いまこそ、準備を始めるときである。
弁護士法人北浜法律事務所 弁護士、
公認不正検査士、
ACFE JAPAN 理事